「うそ、でしょ……」
唖然としながら私は健人を見つめる。
一方、久徳は険しい顔つきで顎に手をやっている。
「魂の輝きが突然消える……それはつまり……」
「そっちの吸血鬼も察しておるようヤナ」
「ああ、たった今死んだとして、魂の輝きが〝現在〟無いのはおかしい」
エタンセル。久徳が前に言っていた言葉だ。魂が持つ気、だとか何とか説明していた。
彼らがおかしいという現象が理解できずにいたら、甘城が恐る恐る口を開いた。
「あの、えっと、エタンセルとは何ですか? それが無いとおかしいというのは〝死んだ〟とはまた別の状況ということなんですか?」
「む、吸血鬼のほうは見えんのか。エタンセルっちゅーのはな、魂から出るオーラみたいなもんヤデ。これは生きる生きていないに関わらず、魂が存在している限り、発せられる。成仏するまで魂は死人に宿っとるからナァ」
久徳の解説より分かりやすく、私もへえ、と小さく声を漏らす。甘城も理解したのか、腑に落ちた様子だった。
「要するにや、まるで無理やり〝魂を取られた〟みたいヤ、ということヤデ」
「魂を……?」
その言葉に反応したのは阿久田だった。珍しく神妙な面持ちで口を開く。
「そんなことできるやつ……まさか……冥王か神……」
「そうか、お前さんは知っとるんだったナあ、〝元〟悪の遣い」
「悪の遣いだと?」
久徳が横目で阿久田を訝しむように見る。
「あー……うん、まあ色々あって人間界で暮らしてんだ。何にせよ力はないから警戒しなくていいぜ」
決まりが悪そうに阿久田は頭を掻いている。
一方で久徳は未だ見定めるように口を閉ざして彼を睨んでいる。
そんな空気を破ったのは私だった。
「ともかく、健人は戻らないの?」
「魂を戻す必要があるンヤデ」
「そんなことができるの?」
「まあ、冥王野郎か神の仕業なのだとしたら、〝冥界〟か〝天界〟に行かなきゃならねえ」
阿久田が億劫そうにため息をついた矢先、見知らぬ声が降ってきた。
『あの野郎とは随分と頭が高くなったものだな、アザゼルよ』
「げっ……冥王……サマ」
阿久田が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
『貴様は相変わらず生意気な悪の遣いだ。そのような態度だから追放されるんだ』
「す、すんません、まさか本当に冥王サマが関わってるとは知らなかったんス」
『まあ良かろう』
阿久田がほっとした直後、阿久田の上空に深淵を思わせる暗黒の穴が浮かんだ。それはまるでブラックホールだった。
その謎の穴に私は気を取られていたが、阿久田に視線を移すと、彼は停止した機械のようにぴたりと静止していた。
瞳は暗い闇の底を見つめるように光を失っている。
『朱莉といったか、そこの人間』
不意に名前を呼ばれて私の肩はびくりと跳ねた。
「な、なによ」
『その人間の魂が欲しいか?』
「やっぱりあなたが持ってるの? 返して、健人の魂!」
『では、来い。冥界へ』
いつしかのような突風が巻き上がる。私の体は勢いよく浮き、耐える間も無くあのブラックホールに吸い込まれた。
微かに聞こえた久徳の声が遠ざかっていく。
◯●◯●◯
俺は舌打ちをしながら地面を拳で殴る。
「くそ……ッ!」
入る隙もなく漆黒の穴は一瞬で閉じた。そして、同時に阿久田の意識が戻り、俺は胸ぐらを掴んで問いただした。
「朱莉を冥界にやって何のつもりだ」
「は? アイツまじで行っちまったのか?」
「白々しい。お前が冥王を呼び出したのだろう。今すぐ、冥界への扉を開けろ」
「いやいや、だから俺に力はないんだって。何があったんだよ」
阿久田は俺の腕を掴みながらも視線を動かして状況を理解しようとしている。
演技なのか、はたまた本当に知らないのか。
どちらにせよ、冥界への行く鍵を阿久田が握っている。今はこいつに頼るしかない。
「お前は“元”悪の遣いだと言ったな」
胸ぐらを掴んでいた手を俺は離した。
「げほっ、げほっ……! そうだよ、冥王の言う通り俺は追放されたからな……冤罪で」
俯き気味で下唇を噛む阿久田を甘城が心配そうに見つめる。甘城はびくびくと怯えながらも俺の前に立った。
「真樹を、責めないでください。何でこんなことになっているのか、真樹にだって、分からないはずです……から……」
「ああ、とにかく聞かせろよ。俺の意識がない間のこと」
それから、先ほどあったことや阿久田が見る夢の話などについて互いに話をした。
まず、そもそも“悪の遣い”とは何かというところだが、冥王の使者。謂わば、使用人・部下と言ったところだ。
存在理由は「人間の悪事の記録」で、冥王が地獄に落とすか判別するための記録を付けているだとか。
肝心の本題だが、冥王は阿久田を通して人間界を見ており、さらには冥王と繋がっているから、冥王の意識が反映されて夢に出てくることがある。
よって、『何らかの理由で冥王は阿久田と意識を繋げている』という結論になった。
「俺って濡れ衣着せられて、ただ追放されただけじゃねえのか……?」
悩ましげに首を傾げる阿久田を見て、狐がクツクツと小さく笑った。
「ようよう考えてみるんヤ。死後に“悪の遣い”になる存在が、人間として生活できるようになるんやったら、それは“転生”したも同然。罰で追放されているはずが、褒美になってしまうヤデ」
「あ……本当だな、うわ、そういうことかよっ! 俺、馬鹿だからそこまで考えたことなかった……!」
理解した途端に頭を抱えて項垂れる阿久田を見下ろしながら、俺は考えを改める。
思えば見るからに馬鹿なこいつのことだから、冥王に利用されているとして間違いないのか?
とはいえ、何のために利用しているかが重要だが、今のところそこまでは分かりそうもないな。それに、何故、朱莉が狙われているのかも知る必要がある。
ひとまず、今は朱莉が無事でいてくれさえしたらいい。どうか、戻ってきてくれ……愛する魂よ。
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