久徳によって空から自宅に送り届けられた後、言うまでもなく血を吸われた。
そして、私は神社の出入り禁止を言い渡された。
健人のお母さん曰く、しばらく部屋を出ていないとか。もはや一刻の猶予もなく、何日も待てないと悟った。
しかしながら、幼馴染の命ためとはいえ、吸血鬼の嫁になるなんて即決は正直言ってできない。他に方法があるのならそれに縋りつきたい。
私はまだ悪あがきをしていたのだ。
「甘城! 阿久田!」
私は阿久田のクラスに顔を出した。
甘城はぱあっと顔を明るくさせて挨拶してくれる。
「あっ! 奥山さん、こんにちは!」
「ん、こっひのくはふくるふぁんてめふらひいじゃん」
阿久田はもごもごと口に目一杯ご飯を詰め込んで喋っている。いつ久徳がやってくるか分からないので口早に伝える。
「頼みがあって来たの。私の代わりに神社に行って狐がいるか確認して欲しい。これ、私の連絡先」
「えっ!」
甘城はさぞ驚いた顔をしている。彼に限って頼みを嫌がると言うことはないだろうが、私は手を合わせながら二人の顔をもう一度見た。
「ちょっと面倒なのに遭って、今、久徳に神社を出禁にされてる」
「は? 出禁?」
「出禁なんて、そんなのおかしいです」
私は時折、振り返ってドアの辺りを確認しつつ話を続ける。
「うん……でも守ってくれた結果みたいなもんだから何とも言えないんだけど、とにかく私は吸血鬼の嫁になんてなりたくない。だから他の力で解決したい」
協力してくれる? と聞けば、甘城は立ち上がって私から連絡先の紙を受け取った。
「もちろんです! 僕でよければ何でもします!」
「ありがとう!」
甘城の手を握りながらお礼を言えば、頬を染めて目を逸らした。
「あっ、うひろ」
阿久田が米を頬張りながら私の後ろの方を指差した。そちらを見れば案の定、久徳が来ている。彼がこちらに来る前に私は小走りで歩み寄る。
「はいはい、関わるな、でしょ?」
「分かっているなら何故ここに来るんだ」
連行されるように私は手首を掴まれて引っ張られる。
「友達のところに来て悪い?」
「いつから友達になったんだ。それに、阿久田に近付くなと言っていただろう」
「別に久徳に関係ないでしょ」
「関係あるに決まっている。朱莉は俺の嫁になるのだから」
人気のない場所まで来ると久徳は立ち止まった。さらりとその白く長い指で私の髪を手に取った。
「どうせは神社に行くように頼んでいたのだろう? 俺なら今すぐにでもあの男を助けてやれる」
流れるように久徳は私の髪に口付けをする。
正直、その仕草は絵にはなる。だが、久徳がどれだけ格好良かろうが、美しかろうが、嫁になる理由にはならない。
「だから嫁になれって言いたいことなんてお見通し。私は甘城と阿久田と解決しますーだ」
ふいっとそっぽ向けば、突拍子もなく両肩を掴まれた。
「もう一度言う。甘城はひとまずいいが、阿久田には関わるな」
「ええ? 阿久田は害がないから放置でいいって言ってたじゃん」
「話が変わった。神社のあの気配、阿久田の持つ魂の煌めきに似ていた」
「は? エタンセル?」
「魂の宿る万物が持つ根本的な性質の〝気〟、とでも言おうか」
はあ? と気の抜けた声で返す。説明を受けたら、より分からなくなったので理解することは早々に諦めた。
「単純明快、人畜無害かと思われた阿久田は危険な可能性が出てきたから近寄るな。そういうことだ」
「あー、はいはい」
呆れ気味に返事をすれば、私の両肩を握る久徳の力が強まる。彼が覗き込むように私の顔を真正面から見つめる。
「俺はお前のことを思って言っているんだ。頼むから危険なことはしないでくれ」
憂いを帯びた瞳に私は束の間、釘付けになる。
ほぼ初対面でズカズカと私の生活に踏み込んできたり、無茶苦茶なこと言うくせに、何でそんな顔するのよ。
私は二の句を継げず、口を閉ざしてしまった。
「……………」
久徳こそ、どうしてそんなに私に関わってくるの?
十年前に出会ったというだけじゃない理由が存在するの?
心の隅で本当は無視していた思いが湧き上がる。
「久、徳……」
その淋しげな目を見つめていたら気づけば名前を呼んでいた。
そんな私の唇に久徳はそっと、その冷たい唇を重ねた。いつものような強引なものじゃない、触れるだけのキス。
「フッ……仕方ないやつだな、お前は」
儚く笑いながら私の頭にぽんっと手を置いた。
そして、踵を返して行ってしまった。
「…………急に何なのよ……」
頬が少しだけ熱を持っていることなんて、認めたくなかった。
*****
帰宅後のこと。なんと、狐がいるという情報が甘城から送られてきた。
ついでに、『神社は結界。謂わば、わしの領域なんヤデ。確実に助けたいのなら早速連れてくるんヤナ。追伸、待たせといてなんヤケド、急いだほうがエエかもヤデ』という伝言まで貰った。
本当に待たせといて今更、である。私は狐の忠告通り、急いで健人を連れ出すべく幸田家に向かおうとした。ところが、酒を用意していないことを私は思い出した。
「すっかり忘れてた……」
私は立ち止まって、狐を思い浮かべる。
「酒がなきゃやらんヤデ」だとか、実に言いそうである。
「ぐっ、ごめんなさい。お父さん」
私は悩んだ挙句、酒が入った棚を物色していた。幸い、父は仕事で母は祖父の病院の付き添いでまだ帰ってきてない。
「何の酒がいいんだろ、やっぱり、神社の酒って日本酒? 洋酒ではないよね、実は焼酎とか? 分からない……うーん、」
見つけた酒の中に日本酒はなく、あったのは残り少ない焼酎と半端なウイスキーと缶ビールのケースだけ。
妥協して焼酎を持ち出そうとした時だ。
「朱莉、何してんだ」
「うわああああ!」
手から落としてしまった瓶がゴロゴロと床を転がった。