前回のあらすじ

なんやかんやあって巨大なワニガメを仲間にした二人であった。
なんやかんやはなんやかんやです。





 帝都での人探しの為に、人探しが得意だという『探偵』を頼る紙月と未来だったが、問題はまずその『探偵』の住まいを発見しなければならないということだった。

 帝都は碁盤目状に計画的に建設された都市であり、それぞれの通りには数字が割り振られており、機能的でわかりやすくはなっている。しかしそれはある程度大きめの通りに限った話であって、区画内の小さな通りなどはそれぞれに何かしら由来があるのであろう名称がつけられている。しかもそれという看板があるわけでもなく、なかなかどれがそうなのかは判然としない。

「このブロックだっていうのはわかったんだがな……」

 ある程度までは絞れる、というのは、そもそも番地などあってなきがごとしいい加減な他の町に比べればずっとましではある。しかしある程度絞ったあとは、今度はどの建物も似通った造りをしている帝都の町並みが捜索を困難にさせるのだった。

 これで屋根の色が何色だとか、変わった形をしているとか、そう言う特徴がつかめればいいのだが、何しろずらりと並ぶのはみな似通った建物ばかり。看板を掲げていたとしても、これでは見落としかねない。

「ふーむ」
「どうしよっか」
「未来ならどうする」
「しらみつぶしに冒険してみる」
「じゃあ、俺がもうちょっと大人のやり方を教えてやろう」
「なあに?」

 紙月は問題のブロックに馬車を止めて、それからとことこと少し歩いて、一頭立ての小さな馬車に歩み寄った。

「やあ、お兄さん」
「おや、お客さんかい」
「いや、ちょっと道に迷ってね。こういう事務所を探してるんだけど」
「ああ、《ツェルティード探偵事務所》! あそこは看板を出してないからね。ちょうど次の角さ。ほら、あそこだ」
「ありがと。今夜の酒代にでもしてくれ」
「ありがとよ」

 チップを握らせて帰ってくると、紙月はにやっと笑った。

「タクシー運転手は道をよく知ってるんだ。あとは郵便配達員」
「成程なあ」

 紙月の後ろ姿ににやにやとした視線を送ってきた御者をさりげなく鎧姿で威圧しながら、未来は感心した。未来も頭の回転は悪くない方だが、タクシーなどを自分で利用した経験はない。また、生活圏内でもあまり多く接する機会のないものだ。とっさには思いつかないことだった。

 二人は地竜の雛ことタマの手綱を引いて言われた角にまで移動した。
 このタマは見かけこそ狂暴そうだったが実に暢気で、賢く、待っているようにというと、すぐに頭と手足を殻に突っ込んで、昼寝を始めてしまった。
 そうしていると、まるで道端に転がった巨石に幌馬車がつながれているような、ひどくシュールな光景であった。

「よし、行ってみるか」
「うん」

 未来が先に立って、ドアに取り付けられたノッカーを鳴らすと、少しして中から返答があった。

「どちらさまですか?」
「冒険屋の未来と紙月といいます。プロテーゾさんの紹介で参りました」
「紹介状はございますか?」

 あるというと、すこし戸が開くや、年のいった老婆が顔を出した。

「フムン……確かに、この封蝋はプロテーゾ様の印ですね。お伺いしてまいりますので、中でお待ちください」

 中に通されると、簡素だが質の良い家具に出迎えられた。派手な装飾はないが、どれも品が良く、選んだものの美的感覚の高さがうかがわれた。

「ほう、これはセンスがいい」
「僕でも何となくすごいと思うもの」
「お恥ずかしい。お嬢様が良く破壊されるもので、安物ばかりでして」

 おっとりとした様子で言うのだから思わず聞き流しそうになったが、なにやら聞き捨てならないことを言われたような気も、する。しかし改めて聞き直すのもなんだかためらわれたので、二人は大人しく椅子について、これまた上品なカップで甘茶(ドルチャテオ)を頂いた。

 老婆は物静かにそのまま奥へと消えた。造り上、その奥というのには階段があって、そのまま二階に続いているらしい。思うに、水場の関係から一階が生活関係のスペースになっていて、事務所の本体は二階にあるのではないかというのが紙月の予想であった。

 水道が整っているのに一階も二階も関係があるのかと小首を傾げる未来に、紙月はうなった。

「現代基準程ってことは、多分ない。仮に三階まで水道を通すと、かなりの圧力をかけないといけない」
「魔法でどうにかっていうのは?」
「俺も《魔術師(キャスター)》ってことで、いろいろ街中の魔法関係を見たんだがね。どうにも魔法で何かやるっていうのは、俺たちが機械で何かやるのと同じくらい手間暇がかかるものみたいだ」
「ファンタジーも世知辛いねえ」
「全くだ」

 少しして、老婆が戻ってきた。

「お会いになるそうです。どうぞこちらへ」

 二人は頷いて後に続いたが、なんだか不思議ではある。

「探偵に依頼しに来たはずだけど、まるで貴族にでも会うみたいだな」
「そうだね」

 老婆は小さくうなずいた。

「お嬢様は実際、いわゆる貴族にございます。爵位もございませんし、ただ貴族であるというだけでございますけれど」
「えっ」
「跡を継げるでもなし、嫁ぎ先もなし、商売でも始めればという勧めに応じられまして、トチ狂ってお始めになられたのがこの、ええ、事務所にございます」
「トチ狂って?」
「失礼、年のためか言葉が出ませんで。ええと……そう。酔狂で」

 よりひどくなったかもしれない。

「ご安心ください。お客様が何をお求めか存じ上げませんけれど、しかしお嬢様は事、()()()()()というそれだけに関しましては、期待を裏切ることのないお方です」
「それ以外に関しては」
「勿論それ以外に関しても期待を裏切らないお方です。期待をしないでいる限りにおいては」

 表情一つ変えずにしれっと言ってのける妖怪じみた老婆の後を歩いているのがなんだか不安になったころ、ようやくゆったりとした歩みが二階に辿り着いた。

「失礼いたします。お客様をお連れいたしました」
「入り給え」

 これまたセンスはいいがどこか安普請の戸を開ければ、そこは立派な応接具を整えられた執務室であった。奥の執務机には、男物の服を見事に着こなした長身の女性がどっかりと腰を掛けて待ち構えていた。
 勘違いのないように言っておくならば、執務机と一組の椅子にではなく、執務机そのものにそのご機嫌な尻をどっしりと乗せて、無造作に脚など組んで座っているのである。

「よく来たな。海坊主のおやじからの紹介となれば、こうして会ってみるのもやぶさかではない、などと思っていたところだが、成程これはなかなかに面白い組み合わせじゃあないか。フムン。なかなかいい。面白いぞ。結構。座ってよろしい。座り給え。さあ」

 天井どころか天上から降ってくるのではないかという実に上からの言葉を、ごくごく自然に吐き出す女である。

 おずおずと二人が応接具のソファに腰かけると、女もするりと執務机から腰を下ろし、応接具のソファにどっかと腰を下ろす。そして老婆が改めて甘茶(ドルチャテオ)を三人に振る舞い、そして流れるような手つきで銀盆で主人の後頭部を叩くにあたって、ようやく空気は動き始めた。

「ええと、俺達は」
「なんだ君は。()()()()のか?」
「はっ?」
「それにそっちの鎧は面白いな。どういう造りだケモチビ」
「ち、チビっ!?」
「まあどうでもいいか。それで何の用だったか、えーと、シヅキにミライ」

 名乗ってもいない名前を呼ばれてぎょっとすると、老婆が再び銀盆で主人の後頭部を叩いた。

「いささかはしたのうございますが、人様のお名前を当てるのもお嬢様の――探偵ドゥデーツォ・ツェルティードの特技にございます。名刺代わりと思ってご笑納ください」
「は、はあ」
「ばあや、茶もいいが甘いものも欲しい」
「後になさいませ」

 それよりも主に対して全く敬意のなさそうなこの侍女の方が気になって仕方がないのだが、もうこれはこういうものとしてスルーした方がいいのかもしれない。チビ扱いされてご機嫌斜めの未来がこれ以上こじれても、困る。

「えっと、俺達は帝都で人探ししてまして」
「それは海坊主の親父の手紙にも書いてあった。どこのだれを探して欲しいんだ耳長」
「このっ」
「ステイステイ、いちいち煽られるな未来。えーと、手掛かりなんですけど、いまこれくらいしかなくて」

 そう言って紙月は、懐から、と見せてインベントリから一枚の金貨を取り出した。手のひらに収まるような小さな金貨である。それでも帝国では金貨といえば相当な額の貨幣として扱われるから、老婆が少し、教養ある範囲で目をむいた。

 それはかつて《エンズビル・オンライン》で使用されていたゲーム内通貨であった。

 一方でドゥデーツォはその金貨をむんずと無造作につかみ取って、指先でつまんでは明かりに透かすように眺めた。どう見ても高額貨幣を見る目ではない。だがそれ以上に面白そうなものを見つけたと言わんばかりの目である。

「こいつはどこで?」
「以前いたところから持ってきた。それ以上は言えない」
「成程。成程。この金貨を持っているやつを探して欲しいというわけだな、君たちは」
「そうなる」

 ぽいと無造作に金貨を投げ返してから、ドゥデーツォはにっこりと笑った。それは貴族という血筋の良さからなのか、暴力的な顔面の良さを見せつけるような笑みだった。

「では残念ながらその依頼は請けられない」





用語解説

・一頭立ての小さな馬車
 大きめの町ではよくみられる辻馬車。
 作中で言われるように、いわゆるタクシーとして利用されている。

・《ツェルティード探偵事務所》
 帝都でも最初で唯一の探偵事務所。
 そのため住人も探偵というものが何なのかよくわかっていない。
 とりあえず物探し、人探しを請け負っているということだけはわかっている。
 また所長が奇人変人の類ということも知られている。

・探偵ドゥデーツォ・ツェルティード(du deco celtido)
 北部の貴族ツェルティード家の三女。
 物探しに関して非常に優れた才能を持つが、人と違うものが見えているせいか振る舞いは奇矯。
 跡を継げるでもなし、嫁ぎ先も貰い元もないし、親に放置されていたところを、人から勧められて探偵事務所を開く。
 金には困っておらず、完全に趣味でやっており、客も自分を楽しませるためのものだと思っている。
 なお、専門の探偵屋という概念そのものが今までなかったので、この世界で最初にして唯一の専業探偵である。
 仮にこいつを探偵と呼んでいいのならの話ではあるが。