前回のあらすじ
地竜の卵には破壊工作の疑いありと論じる両博士であった。
「我々は一研究者ですので、あまり多くは知らされておりません。しかし帝国は冒険屋組合に掛け合って、すでに事態の調査を手掛けているようです。もしかするとあなた方も、聖王国の破壊工作と思しき異常事態に遭遇したことがあるのでは?」
ユベルの問いかけにはっと思いついたのは、先の海賊船事件である。
「そう言えば、ハヴェノで受けた依頼で、海賊船を討伐したんだが、最新鋭だとかいう船よりよっぽど進んだ潜水艦だったな」
「潜水艦! つまり、海中に潜って進むという?」
「自在に進めるかどうかは見てないですけど、海中から現れたのは確かですね」
「そのような技術を帝国は保有していません。ファシャであっても持ち合わせていないでしょう。いないはずです! まだ動力船構想が仕上がったばかりなんですよこっちは!?」
「ですよと言われても」
「それを! 海中に! これは間違いなく聖王国の仕業です!」
「そう、なのかなあ」
「そう、なのです!」
キャシィが断言するところによれば、現在東西大陸で最も先進的なのが巨大な魔力炉のエネルギーで推進機を回転させて進む動力船構想とやらで、これもまだ試作機が出来上がったばかりだという。それを一足飛びで飛び越えて、潜航可能にする技術は、いくら何でもまだ机上にしかないという。
そうなるとそんなものを引っ張り出してこれるのは、古代聖王国時代からの技術をほぼ正当なままに受け継いでいる聖王国をおいて他にはないという。
「他に詳しい点は!?」
「あーっと、なんだっけ、対魔法装甲が優秀だとかで、俺の魔法防がれたんですよね」
「地竜殺しの魔法を防ぐ!? 手加減したんですか!?」
「いや、普通に沈めるつもりだったんだけど、しれっと受け流されました」
「それだけの魔法を攪乱解除する対魔法装甲なんて、それこそ帝都の城壁張りじゃないですか!?」
「俺に言われても」
「むむむむ……はっ、もしかして先ごろ大量に持ち込まれた材木みたいなやつですか!?」
「いや知らないですけど……でも帝都に運んで調査するとか言ってたような」
「うん、確かにそう言ってたね」
「こっちが忙しすぎて忘れてましたけど、えーとどこやったっけ」
二人は整理という名の隠ぺいをしたばかりの部屋をひっくり返してくしゃくしゃになった書類を見つけ出してくると、大いに騒ぎ出した。
「これですよこれ! 積層装甲に塗装基盤式送力装置!」
「なん……なんですって?」
「積層装甲に塗装基盤式送力装置ですよ! 何枚もの装甲版を重ねて防御力を高めると同時に、魔導体を装甲に直接塗り込むことで、送力線を介することなく外部まで魔力を伝達させる新概念装甲! ご覧になった潜水艦には外部に砲口などが見当たらなかったでしょう!?」
「あ、ああ、そう言えば、つるんとしてたな」
「そうです! 最外部の装甲にはなんと塗装式の! 塗装式ですよ! 塗装式の魔導砲! これによって表面の凹凸をなくして防御力を増すと同時に、既存の魔導砲に見られた彫刻部分などの欠損をよりたやすく補修することができるんです!」
「お、おう」
「開閉部が極端に少なく気密性を高められ、仮に陸上でこんな兵器を持ってこられたら重砲でもないと装甲ぶち抜けません――ところがどっこい! 装甲版に金属装甲も用いられている粘り強い積層装甲が物理防御も万全にしているわけです! 何やったらこんな怪物沈められるってんですか!?」
「えーっと、体当たりで」
「質量攻撃! まあそりゃそうなりますよね。これだけの強力な魔力炉積んでる対魔法性能抜群の塊ぶち抜くとしたらそうなりますよね」
「魔力炉?」
「そう、魔力炉! 魔力を注ぎ込むことその魔力量を増大させる拡張装置! いったいどんな燃料燃やせばこれだけの出力を保てるのか!」
「そういえば、潜水艦の乗組員、かなり凄腕の魔術師だったな」
「魔術師! 聖王国の魔術師ともなればこのくらいの規格なら……参考までにどの程度の腕前でした?」
「短い詠唱で船上を丸焼けにするくらいだったね」
「素晴らしい! それだけの実戦魔術師がまだ存在していたとは! 百年間ただ眠ってたわけではないようですね聖王国も!」
何やら大はしゃぎの二人にドン引きせざるを得ない紙月と未来であったが、こうして説明されると、いよいよもってあの海賊の異常さというものが見えてきた。技術的にも裏付けがあるというのは、何とも言えない説得力を持って聖王国暗躍説に信ぴょう性を与えるのだった。
「俺、覚えてろって言われちまったよなあ」
「自爆したけど、あれ、本人は生き延びてそうだよねえ」
フラグというのならば再戦フラグが立っているのだろう。件の炎の魔術師とは。
「まあ、とはいえこの規模の潜水艦が大量に建造されているわけではなさそうですね」
騒ぎ負えてすっきりしたのか、キャシィはけろりとした顔でそう言ってのける。
「そうなんですか?」
「恐らくですけれど。もっと建造されていたなら今も通商破壊は止んでいませんよ……というより、通商破壊は二の次で物資の獲得が目的だったみたいですし」
「そういえば、執拗なまでに荷物を根こそぎにしてるんだったな」
「多分、向こうも余裕がなかったんでしょう。北大陸から南部の海までは、ぐるっと大陸を回ってくる必要がありますからね」
成程それは長い旅路であったことだろう。現行の帆船に比べて乗組員の数はかなり少なく済んだだろうという調査結果が出ているらしいが、それでも人間が動かしている以上、食料や水というものは欠かせない。船を沈めなかったのは、沈めるまでもなく制圧できるという自信があった以上に、沈めたら物資が手に入らないという切実な事情があったのだろう。
「御二方は何かと縁がありそうですねえ」
「そうですかねえ。あとは、精々大嘴鶏食いの大量発生とか石食いの大量発生くらいですよ」
「大いに関係ありそうじゃないですか」
「ええ?」
「大嘴鶏食いの大量発生なんて滅多にないですし、折り悪く十何年に一度かというクリルタイの頃に発生するなんて時期が良すぎますね。石食いだって人が出入りしてる鉱山にはもともとそんなに湧くもんじゃないんですから」
「おいおい、陰謀論は勘弁してくださいよ」
「ふふふ、まああんまり脅かすのはこれくらいにしておきましょう」
「肝心の地竜の卵という、連中につながるかもしれないものが手中にあるわけですしね」
「ふふふ」
「ふふふあははははははははッ!!」
どう考えても徹夜明けのハイなテンションか、悪役側のマッドサイエンティストだった。
用語解説
・積層装甲に塗装基盤式送力装置
オニオン装甲にプリント基板式送電装置もとい積層装甲に塗装基盤式送力装置。
複数の素材からなる装甲版をそれぞれが支えあうように複雑に積層することで従来の船舶よりも格段に防御力を底上げされた装甲。気密性も高い。
またこの装甲には、魔力伝達性の高い素材を直接塗り込み、焼き付けることで、送力線などを必要とせずに外部まで魔力を伝達させることに成功している。
・塗装式の魔導砲
魔力伝達性の高い素材を直接塗り込み、焼き付けることで形成された魔導砲。魔導砲の位置の調整ではなく術式の調整によって照準を定めるため技術難度はかなり高くなっているが、外部との接点を減らし気密性を上げられるほか、技術に通じてさえいれば修復がたやすい。
・魔力炉
製造コストそのものが非常に高いものの、少ない魔力を大幅に底上げして拡大することができる炉である。帝国でもまだ大掛かりなものは数多くない。
地竜の卵には破壊工作の疑いありと論じる両博士であった。
「我々は一研究者ですので、あまり多くは知らされておりません。しかし帝国は冒険屋組合に掛け合って、すでに事態の調査を手掛けているようです。もしかするとあなた方も、聖王国の破壊工作と思しき異常事態に遭遇したことがあるのでは?」
ユベルの問いかけにはっと思いついたのは、先の海賊船事件である。
「そう言えば、ハヴェノで受けた依頼で、海賊船を討伐したんだが、最新鋭だとかいう船よりよっぽど進んだ潜水艦だったな」
「潜水艦! つまり、海中に潜って進むという?」
「自在に進めるかどうかは見てないですけど、海中から現れたのは確かですね」
「そのような技術を帝国は保有していません。ファシャであっても持ち合わせていないでしょう。いないはずです! まだ動力船構想が仕上がったばかりなんですよこっちは!?」
「ですよと言われても」
「それを! 海中に! これは間違いなく聖王国の仕業です!」
「そう、なのかなあ」
「そう、なのです!」
キャシィが断言するところによれば、現在東西大陸で最も先進的なのが巨大な魔力炉のエネルギーで推進機を回転させて進む動力船構想とやらで、これもまだ試作機が出来上がったばかりだという。それを一足飛びで飛び越えて、潜航可能にする技術は、いくら何でもまだ机上にしかないという。
そうなるとそんなものを引っ張り出してこれるのは、古代聖王国時代からの技術をほぼ正当なままに受け継いでいる聖王国をおいて他にはないという。
「他に詳しい点は!?」
「あーっと、なんだっけ、対魔法装甲が優秀だとかで、俺の魔法防がれたんですよね」
「地竜殺しの魔法を防ぐ!? 手加減したんですか!?」
「いや、普通に沈めるつもりだったんだけど、しれっと受け流されました」
「それだけの魔法を攪乱解除する対魔法装甲なんて、それこそ帝都の城壁張りじゃないですか!?」
「俺に言われても」
「むむむむ……はっ、もしかして先ごろ大量に持ち込まれた材木みたいなやつですか!?」
「いや知らないですけど……でも帝都に運んで調査するとか言ってたような」
「うん、確かにそう言ってたね」
「こっちが忙しすぎて忘れてましたけど、えーとどこやったっけ」
二人は整理という名の隠ぺいをしたばかりの部屋をひっくり返してくしゃくしゃになった書類を見つけ出してくると、大いに騒ぎ出した。
「これですよこれ! 積層装甲に塗装基盤式送力装置!」
「なん……なんですって?」
「積層装甲に塗装基盤式送力装置ですよ! 何枚もの装甲版を重ねて防御力を高めると同時に、魔導体を装甲に直接塗り込むことで、送力線を介することなく外部まで魔力を伝達させる新概念装甲! ご覧になった潜水艦には外部に砲口などが見当たらなかったでしょう!?」
「あ、ああ、そう言えば、つるんとしてたな」
「そうです! 最外部の装甲にはなんと塗装式の! 塗装式ですよ! 塗装式の魔導砲! これによって表面の凹凸をなくして防御力を増すと同時に、既存の魔導砲に見られた彫刻部分などの欠損をよりたやすく補修することができるんです!」
「お、おう」
「開閉部が極端に少なく気密性を高められ、仮に陸上でこんな兵器を持ってこられたら重砲でもないと装甲ぶち抜けません――ところがどっこい! 装甲版に金属装甲も用いられている粘り強い積層装甲が物理防御も万全にしているわけです! 何やったらこんな怪物沈められるってんですか!?」
「えーっと、体当たりで」
「質量攻撃! まあそりゃそうなりますよね。これだけの強力な魔力炉積んでる対魔法性能抜群の塊ぶち抜くとしたらそうなりますよね」
「魔力炉?」
「そう、魔力炉! 魔力を注ぎ込むことその魔力量を増大させる拡張装置! いったいどんな燃料燃やせばこれだけの出力を保てるのか!」
「そういえば、潜水艦の乗組員、かなり凄腕の魔術師だったな」
「魔術師! 聖王国の魔術師ともなればこのくらいの規格なら……参考までにどの程度の腕前でした?」
「短い詠唱で船上を丸焼けにするくらいだったね」
「素晴らしい! それだけの実戦魔術師がまだ存在していたとは! 百年間ただ眠ってたわけではないようですね聖王国も!」
何やら大はしゃぎの二人にドン引きせざるを得ない紙月と未来であったが、こうして説明されると、いよいよもってあの海賊の異常さというものが見えてきた。技術的にも裏付けがあるというのは、何とも言えない説得力を持って聖王国暗躍説に信ぴょう性を与えるのだった。
「俺、覚えてろって言われちまったよなあ」
「自爆したけど、あれ、本人は生き延びてそうだよねえ」
フラグというのならば再戦フラグが立っているのだろう。件の炎の魔術師とは。
「まあ、とはいえこの規模の潜水艦が大量に建造されているわけではなさそうですね」
騒ぎ負えてすっきりしたのか、キャシィはけろりとした顔でそう言ってのける。
「そうなんですか?」
「恐らくですけれど。もっと建造されていたなら今も通商破壊は止んでいませんよ……というより、通商破壊は二の次で物資の獲得が目的だったみたいですし」
「そういえば、執拗なまでに荷物を根こそぎにしてるんだったな」
「多分、向こうも余裕がなかったんでしょう。北大陸から南部の海までは、ぐるっと大陸を回ってくる必要がありますからね」
成程それは長い旅路であったことだろう。現行の帆船に比べて乗組員の数はかなり少なく済んだだろうという調査結果が出ているらしいが、それでも人間が動かしている以上、食料や水というものは欠かせない。船を沈めなかったのは、沈めるまでもなく制圧できるという自信があった以上に、沈めたら物資が手に入らないという切実な事情があったのだろう。
「御二方は何かと縁がありそうですねえ」
「そうですかねえ。あとは、精々大嘴鶏食いの大量発生とか石食いの大量発生くらいですよ」
「大いに関係ありそうじゃないですか」
「ええ?」
「大嘴鶏食いの大量発生なんて滅多にないですし、折り悪く十何年に一度かというクリルタイの頃に発生するなんて時期が良すぎますね。石食いだって人が出入りしてる鉱山にはもともとそんなに湧くもんじゃないんですから」
「おいおい、陰謀論は勘弁してくださいよ」
「ふふふ、まああんまり脅かすのはこれくらいにしておきましょう」
「肝心の地竜の卵という、連中につながるかもしれないものが手中にあるわけですしね」
「ふふふ」
「ふふふあははははははははッ!!」
どう考えても徹夜明けのハイなテンションか、悪役側のマッドサイエンティストだった。
用語解説
・積層装甲に塗装基盤式送力装置
オニオン装甲にプリント基板式送電装置もとい積層装甲に塗装基盤式送力装置。
複数の素材からなる装甲版をそれぞれが支えあうように複雑に積層することで従来の船舶よりも格段に防御力を底上げされた装甲。気密性も高い。
またこの装甲には、魔力伝達性の高い素材を直接塗り込み、焼き付けることで、送力線などを必要とせずに外部まで魔力を伝達させることに成功している。
・塗装式の魔導砲
魔力伝達性の高い素材を直接塗り込み、焼き付けることで形成された魔導砲。魔導砲の位置の調整ではなく術式の調整によって照準を定めるため技術難度はかなり高くなっているが、外部との接点を減らし気密性を上げられるほか、技術に通じてさえいれば修復がたやすい。
・魔力炉
製造コストそのものが非常に高いものの、少ない魔力を大幅に底上げして拡大することができる炉である。帝国でもまだ大掛かりなものは数多くない。