前回のあらすじ
散らかり、荒れ果てた研究所へようこそ。
そもそもの話として、どうしてまたよくわからない鉱石を集めていたような学者が地竜の卵の孵化実験などしているのかということを尋ねてみると、それは逆なのだという答えが得られた。
つまり、先に地竜の卵が彼女らの手元に来て、その調査のために鉱石を必要としていたということなのである。
「卵内部を窺う透視術式にはアスペクト鉱石を触媒として用いることが一般的なんですけれどこの鉱石が面白いことに純度も大事ですがその質量に比例して透視精度を」
「簡単に言うと卵の中身を確認してみるのにたくさんあの鉱石が必要だったんですね。石食いの素材は魔術科で欲しがってる人がいましたのでついでで。協賛ってやつですね」
キャシィが盛り上がってユベルがなだめるというか放置するというのがこのコンビの流れであるらしかった。
ともあれ、この二人が地竜の卵の調査を任され、そのために鉱石を必要としていたということは分かった。
「お二人はその、地竜の専門家、ということに?」
「とんでもない。私たちは、その、何というか……もっとこう……」
「私は魔獣全般の、特に魔獣特有の魔術式の研究をしています。キャシィはもっといい加減です」
「いい加減?」
「何でも屋なんですよ、言ってみれば。面白そうであれば何でもします」
「はあ」
「一応、これでも優秀なのは確かなのでご安心ください。優秀ではあります」
能力と人間性というのは必ずしも一致するものではないらしい。
あはははー、と能天気そうに笑う姿には邪気はないが、同時に優秀そうという空気もない。
「まあさすがに初見で信用してください、危険があるかもしれない実験に参加してくださいというのは難しいかもしれませんので、一応簡単な自己紹介を。私はこれでも帝都大学で教鞭をとっている教授です」
「教授さん」
「キャシィも一応助教授の資格は持ってます」
「すごいのかな?」
「すごそうではある」
「うーん、学者相手だったらもう少し説明しやすいのに……あ、そうだ、私の発明品見ます?」
せっかくなので見せてもらったのは、一見ごてごてした鎧である。
「資材運ぶのに結構重宝するんですよ」
「フムン?」
「強化鎧といいます。霹靂猫魚という魔獣の電流術式を流用しています。筋肉に適切な電流を流して、いわゆる火事場の馬鹿力をいつでも出せるようにしたものですね」
「成程、それで資材運びにね」
「でもそれって、あとで疲れるんじゃ?」
「そうですね、筋肉痛待ったなしです。でも外力で補助する既存の強化鎧よりはかなり小型になって、ようやく試用できるかもってくらいにはなってますね」
「出力は着用者次第、か」
「そこが難点ですね。ある程度鍛えた冒険屋さんなんかは自力でそのくらいできますから、実用段階まではまだまだ」
その他にもユベルは様々な研究成果を披露してくれた。
「例えばこれなんかは、試作品の飛行具ですね」
「ひこうぐ?」
「空を飛ぶ道具です」
そう言って見せてくれたのは、何やらごてごてとした機械がついたような、板である。
「こちらの操作盤で遠隔操作できます。こんな感じで……」
ユベルが一抱えもありそうな操作盤とやらをいじると、その板が重低音を響かせながら、ゆっくりと空中を移動する。
「室内なのでゆっくり動かしてますけれど、実際には人が走る程度の速度は出ます」
「遠隔操作可能な距離はどれくらい?」
「これは試作品なので、まあ十メートルくらいですかねえ。きちんと調整すれば二十くらいは行けそうです」
「乗っても大丈夫かな?」
「うーん、その鎧だとちょっときついかもです。出力が内蔵してる魔池頼りなので……」
「あく、なんですって?」
「魔池ですね。ようするに、魔力をため込んだ石だと思ってください」
「電池みたいなものか」
「成程」
「私は主に魔法を使えない人たちが魔法を使えるようにという観点で発明していますから、どうしても普通の魔道具よりごてごてするし、出力で劣るんですよねえ」
普通の魔道具と言われて思い当たるのが、精霊晶を用いた道具の類である。例えば火精晶を用いた小さなコンロであったり、風精晶を用いた《金糸雀の息吹》などである。
そう言った品々のことを話すと、ユベルは頷いた。
「あれらは極めて単純な、火精晶であれば火を起こす、風精晶であれば風を起こすといった、精霊の力を特定の形に向けて発揮しているんですね」
例えばこれなどは、と取り出したのは、以前冒険屋ニゾが使ってみせた《静かの銀鈴》である。
「これは振れば一定範囲内の音を遮断する効果がありますが、これは金属自体に練りこまれた風精晶が、風の流れを遮断することで音を遮断しているという造りです。これは《金糸雀の息吹》に比べるとかなり複雑な仕組みですけれど、やってることは同じです」
翻って、とユベルは空中に浮かんだ板に腰かけた。
「この浮遊という現象は、一見風精晶の仕事のように見えますが、もし風精晶で揚力を生み出した場合、常に風が発生して消費が莫大になるだけでなく、周囲への影響が大きすぎます」
「じゃあどうやって浮かしてるんです?」
「うーん、非常に説明しづらいんですけれど、えっとですね、物が落ちるということはですね、」
「重力を操ってるんですか?」
「重力! どこでその言葉を?」
「あー、まあ、魔女のたしなみとして」
「素晴らしい! そう、重力への干渉がこの浮遊術式の肝なんです。単に重力を軽減するだけではふわふわと頼りありませんから、適切な斥力を発生させることで同一座標に固定できるということがこの発明の素晴らしい点でして、そのあたりを感性でどうにかできる魔術師どもは全く理解してくれないんですよわかりますかこの屈辱が! 木から林檎が落ちる理屈さえも想像していない古典的世界観の持ち主たちがよりにもよってこの私の発明した、機械的魔術装置を『漂う板』呼ばわりしやがるんですよクッソいま思い出しても腹が立つあの教授いつかとろかした乾酪を鼻に詰めて」
しばらくお待ちください。
「というわけでして、理論がもう少し整理されて、必要な術式を絞ることができれば、もっと小型化することも可能なんです、この《静かの銀鈴》のようにね」
「よくわかりました」
「うん。もうお腹いっぱい」
「あ、ユベル終わった?」
訂正事項。
『まだまとも枠』改め『マッド二号』。
用語解説
・アスペクト鉱石(Aspekto)
透視術式の触媒として用いられる。精錬して純度を上げ、加圧して密度を上げることで、より精密な透視が可能となる。
・強化鎧(fort armaĵo)
外部動力でアシストするパワードスーツではなく、着込んだものの筋肉に微細な電流で刺激を与えて反射速度やいわゆる火事場の馬鹿力を発揮させる鎧。実験段階である。
・霹靂猫魚(tondro-siluro)
大きめの流れの緩やかな川に棲む魔獣。成魚は大体六十センチメートル前後。大きなものでは二メートルを超えることもざら。水上に上がってくることはめったにないが、艪や棹でうっかりつついて襲われる被害が少なくない。雷の魔力に高い親和性を持ち、水中で戦うことは死を意味する。身は淡白ながら脂がのり、特に揚げ物は名物である。
・魔池
魔力をため込んでおける媒体。無色の精霊晶などとも言われる。
・浮遊術式
重力に干渉することで物体を浮遊させている、らしい。
散らかり、荒れ果てた研究所へようこそ。
そもそもの話として、どうしてまたよくわからない鉱石を集めていたような学者が地竜の卵の孵化実験などしているのかということを尋ねてみると、それは逆なのだという答えが得られた。
つまり、先に地竜の卵が彼女らの手元に来て、その調査のために鉱石を必要としていたということなのである。
「卵内部を窺う透視術式にはアスペクト鉱石を触媒として用いることが一般的なんですけれどこの鉱石が面白いことに純度も大事ですがその質量に比例して透視精度を」
「簡単に言うと卵の中身を確認してみるのにたくさんあの鉱石が必要だったんですね。石食いの素材は魔術科で欲しがってる人がいましたのでついでで。協賛ってやつですね」
キャシィが盛り上がってユベルがなだめるというか放置するというのがこのコンビの流れであるらしかった。
ともあれ、この二人が地竜の卵の調査を任され、そのために鉱石を必要としていたということは分かった。
「お二人はその、地竜の専門家、ということに?」
「とんでもない。私たちは、その、何というか……もっとこう……」
「私は魔獣全般の、特に魔獣特有の魔術式の研究をしています。キャシィはもっといい加減です」
「いい加減?」
「何でも屋なんですよ、言ってみれば。面白そうであれば何でもします」
「はあ」
「一応、これでも優秀なのは確かなのでご安心ください。優秀ではあります」
能力と人間性というのは必ずしも一致するものではないらしい。
あはははー、と能天気そうに笑う姿には邪気はないが、同時に優秀そうという空気もない。
「まあさすがに初見で信用してください、危険があるかもしれない実験に参加してくださいというのは難しいかもしれませんので、一応簡単な自己紹介を。私はこれでも帝都大学で教鞭をとっている教授です」
「教授さん」
「キャシィも一応助教授の資格は持ってます」
「すごいのかな?」
「すごそうではある」
「うーん、学者相手だったらもう少し説明しやすいのに……あ、そうだ、私の発明品見ます?」
せっかくなので見せてもらったのは、一見ごてごてした鎧である。
「資材運ぶのに結構重宝するんですよ」
「フムン?」
「強化鎧といいます。霹靂猫魚という魔獣の電流術式を流用しています。筋肉に適切な電流を流して、いわゆる火事場の馬鹿力をいつでも出せるようにしたものですね」
「成程、それで資材運びにね」
「でもそれって、あとで疲れるんじゃ?」
「そうですね、筋肉痛待ったなしです。でも外力で補助する既存の強化鎧よりはかなり小型になって、ようやく試用できるかもってくらいにはなってますね」
「出力は着用者次第、か」
「そこが難点ですね。ある程度鍛えた冒険屋さんなんかは自力でそのくらいできますから、実用段階まではまだまだ」
その他にもユベルは様々な研究成果を披露してくれた。
「例えばこれなんかは、試作品の飛行具ですね」
「ひこうぐ?」
「空を飛ぶ道具です」
そう言って見せてくれたのは、何やらごてごてとした機械がついたような、板である。
「こちらの操作盤で遠隔操作できます。こんな感じで……」
ユベルが一抱えもありそうな操作盤とやらをいじると、その板が重低音を響かせながら、ゆっくりと空中を移動する。
「室内なのでゆっくり動かしてますけれど、実際には人が走る程度の速度は出ます」
「遠隔操作可能な距離はどれくらい?」
「これは試作品なので、まあ十メートルくらいですかねえ。きちんと調整すれば二十くらいは行けそうです」
「乗っても大丈夫かな?」
「うーん、その鎧だとちょっときついかもです。出力が内蔵してる魔池頼りなので……」
「あく、なんですって?」
「魔池ですね。ようするに、魔力をため込んだ石だと思ってください」
「電池みたいなものか」
「成程」
「私は主に魔法を使えない人たちが魔法を使えるようにという観点で発明していますから、どうしても普通の魔道具よりごてごてするし、出力で劣るんですよねえ」
普通の魔道具と言われて思い当たるのが、精霊晶を用いた道具の類である。例えば火精晶を用いた小さなコンロであったり、風精晶を用いた《金糸雀の息吹》などである。
そう言った品々のことを話すと、ユベルは頷いた。
「あれらは極めて単純な、火精晶であれば火を起こす、風精晶であれば風を起こすといった、精霊の力を特定の形に向けて発揮しているんですね」
例えばこれなどは、と取り出したのは、以前冒険屋ニゾが使ってみせた《静かの銀鈴》である。
「これは振れば一定範囲内の音を遮断する効果がありますが、これは金属自体に練りこまれた風精晶が、風の流れを遮断することで音を遮断しているという造りです。これは《金糸雀の息吹》に比べるとかなり複雑な仕組みですけれど、やってることは同じです」
翻って、とユベルは空中に浮かんだ板に腰かけた。
「この浮遊という現象は、一見風精晶の仕事のように見えますが、もし風精晶で揚力を生み出した場合、常に風が発生して消費が莫大になるだけでなく、周囲への影響が大きすぎます」
「じゃあどうやって浮かしてるんです?」
「うーん、非常に説明しづらいんですけれど、えっとですね、物が落ちるということはですね、」
「重力を操ってるんですか?」
「重力! どこでその言葉を?」
「あー、まあ、魔女のたしなみとして」
「素晴らしい! そう、重力への干渉がこの浮遊術式の肝なんです。単に重力を軽減するだけではふわふわと頼りありませんから、適切な斥力を発生させることで同一座標に固定できるということがこの発明の素晴らしい点でして、そのあたりを感性でどうにかできる魔術師どもは全く理解してくれないんですよわかりますかこの屈辱が! 木から林檎が落ちる理屈さえも想像していない古典的世界観の持ち主たちがよりにもよってこの私の発明した、機械的魔術装置を『漂う板』呼ばわりしやがるんですよクッソいま思い出しても腹が立つあの教授いつかとろかした乾酪を鼻に詰めて」
しばらくお待ちください。
「というわけでして、理論がもう少し整理されて、必要な術式を絞ることができれば、もっと小型化することも可能なんです、この《静かの銀鈴》のようにね」
「よくわかりました」
「うん。もうお腹いっぱい」
「あ、ユベル終わった?」
訂正事項。
『まだまとも枠』改め『マッド二号』。
用語解説
・アスペクト鉱石(Aspekto)
透視術式の触媒として用いられる。精錬して純度を上げ、加圧して密度を上げることで、より精密な透視が可能となる。
・強化鎧(fort armaĵo)
外部動力でアシストするパワードスーツではなく、着込んだものの筋肉に微細な電流で刺激を与えて反射速度やいわゆる火事場の馬鹿力を発揮させる鎧。実験段階である。
・霹靂猫魚(tondro-siluro)
大きめの流れの緩やかな川に棲む魔獣。成魚は大体六十センチメートル前後。大きなものでは二メートルを超えることもざら。水上に上がってくることはめったにないが、艪や棹でうっかりつついて襲われる被害が少なくない。雷の魔力に高い親和性を持ち、水中で戦うことは死を意味する。身は淡白ながら脂がのり、特に揚げ物は名物である。
・魔池
魔力をため込んでおける媒体。無色の精霊晶などとも言われる。
・浮遊術式
重力に干渉することで物体を浮遊させている、らしい。