前回のあらすじ
海賊に海賊退治を持ち掛けられた。
「近頃、我が社の船だけでなく、近郊の輸送船が多く海賊の被害に遭っていてな」
以前から海賊というものはいくらもいたそうなのであるが、今回の海賊はどうも様子が違うのだそうだった。
「最初は季節違いの嵐にでもあったのかと思った。船自体が帰ってこんし、保険屋の腕利き冒険屋も帰ってこん。海賊相手なら、こうはならん」
海の海賊も陸の盗賊と同じで、相手を殺しつくしてしまっては仕方がない。せいぜいが荷の何割かを奪う程度で、皆殺しにするような海賊というものはまずいない。はずだった。
ところが、最近になって航路に帆を破壊されて難破している船が発見された。嵐にでもあったのかと乗り込んでみれば、何と乗組員は皆殺しにされ、荷物は食料に至るまですべて略奪されているのだという。どれだけ飢えた連中でもここまで徹底的にはやらないだろうという徹底ぶりである。
しかし、嵐にも魔獣にもこんなことはできないとなれば、残るのは人間の手、つまり海賊ということになる。
「しかも連中、港に仲間でもいるのか、船の予定をかなり正確につかんできおる。厳重に組んだ護衛船団にはぴくりとも反応せず、おとり船団にもやはり無反応。手薄な所を正確に狙って襲ってくるのだ」
「陸の仲間たちは見つからないんですか」
「ファシャ街に潜んでおるのではないかと思っているが、どうにも探し出す手立てがない。まず怪しげな船が入港したことさえないのだ」
「そんなバカな」
海賊といえど、手に入れた財宝を売りさばくには、どこかの港を利用しなくてはならない。船というものはいつまでも海の上を漂っては干からびる一方なのだ。たとえ船を襲って食料や水を根こそぎに奪っているとはいえ、限度がある。
それに、陸によらずに陸の情報を仕入れるというのは、不可能だ。
「伝書鷹のような手段はどうです?」
「あれは土地を覚えて飛ぶ生き物だ。海上で移動し続ける船にどうして連絡できる」
「どこかの小島を拠点としているとか」
「そうなればますます手におえんし、それにしたって、補給や売買はどうしたって港を利用せねばならん」
話しているうちにふと気づいたのは、紙月である。
「通商妨害では」
「通商、妨害?」
「要するに、自分達が儲けたり食っていくために襲っているのではなく、国家間の通商を封じて不利益をもたらそうとしてるんです」
「馬鹿な!」
面白い概念だとは言いながらもプロテーゾが一笑に付した理由は簡単である。
それというのも、帝国が海運で結ばれているのは隣の西大陸のファシャだけであり、近海に国益のからむような国家はない。そのファシャとも国交は実に友好的なものなのである。
つまり、二国間の通商を妨害して得をする国家はなく、また帝国内の海運を妨害されるほどファシャとの国交は険悪ではないのである。
「全く?」
「全くだ。というのも、超皇帝自らが使節団を率いて友誼の為に出向き、その際にファシャの皇女を一人我が帝国に迎え入れているほどだ」
「……超皇帝?」
「うむ。以前南部にも公演会の興行に来てくださってな。大いに盛り上がったものだ。西部も廻ったはずだが、君は知らんのかね」
「いやあ、森に引きこもってたもんで」
「それはもったいない! 記録水晶があればよかったんだが、あれは自宅に大事にしまってあってな」
「ああ、いえ、おかまいなく」
どうやら皇帝とは名がついているが、ある種のパフォーマンス集団であるらしい。恐らくは。多分、国家的な人気集団であるのだろう。そしてそのグループが出向いて平和的にパフォーマンスした挙句、向こうの皇女を帝国に招いて歓待するというやり取りがあったほど、国家間の関係は友好的であるらしい。
という風に紙月はどうにかかみ砕いて理解した。未来はすでに何となくでしか話を聞いていない。頼りのムスコロとハキロはこれだけの情報で話が通じているというか、前提条件のようなものであるらしくて、うむうむともっともらしくうなずくばかりである。
「仕事の話に戻りましょう」
「おお、そうだったな。まあとにかく正体不明のやつらでな。こうなっては仕方がないと、あらかじめ隙がありそうだという情報を流した輸送船を用意し、このおとりにかかったところを迎撃するという直接戦法を用いることになった」
このおとり戦法の情報は港湾組合の上層部にしか知らされていない極秘情報であり、もしもこのおとりさえ見破られた場合、港湾組合を切り崩していくほかにないというほどに切羽詰まっているようだった。
「我が社の荒事に慣れた連中も載せていくが、なにしろおとりであることがばれればいかんから、通常の積み荷も勿論積み込むし、それほど大掛かりに武装していくことができん」
「そこで森の魔女の出番という訳ですね」
「そうだ。予想以上に使えそうで、喜ばしい限りだ」
「船団の内容は?」
「我々が乗り込むおとり輸送船が一隻に、護衛船が三隻。護衛船には最新鋭の魔導砲が積んであるが、正直なところ、いままでの戦績で言えば役に立たん可能性が高いな」
何しろ、いままでどんな護衛船も皆殺しにして、修理の為の寄港もしていない以上おそらくは一切の損傷も負っていないままの無敵の海賊たちである。
むしろ護衛船をおとりにして、本命であるおとり輸送船の森の魔女に、魔法で撃沈してもらうというのが確実な戦法かもしれないとプロテーゾは語った。
「勿論、敵の正体も確認したいし、船を押さえられればそれに越したことはないのだが」
「そのためにはどんな戦法が?」
「衝角攻撃、つまり敵船側面に体当たりをして直接乗り込み、乗組員を捕縛ないし殲滅することだが……今までそれができないでいるのだ。この際、相手の殲滅を最優先にしたい。状況にもよるが、君の魔法で速攻を決めたい」
そういうことになった。
間もなくして、穏やかな海の向こうに敵を見据え、おとり船団は出向した。
用語解説
・超皇帝
帝都から発信された一大ムーブメントにしてパフォーマンス集団。アイドル。
全く新しい歌謡と舞踊を舞台の上で披露し、万単位の観客を沸かせるという。
メインは二人組の半神で、それに随時バックダンサーや伴奏がつく形である。
興行と称して帝国各地で公演を行っており、困惑とともにその人気は高まっている。
最近ではファシャにも興行に行っており、その際トチ狂った皇女の一人が追っかけとしてついてきてしまった。
・記録水晶
映像と音声を記録できる水晶。成人男性がなんとか抱えられるほどの大きさ、重さで、使い勝手も悪いし高価なのであまり普及はしていない。
囀石がもっと小型なものを製造可能であるが、こちらはさらに目をむくほどに高価なものとなる。
・魔導砲
火薬の代わりに魔力で爆発を起こして砲弾を打ち出す大砲、または魔法そのものを打ち出す大砲。
ここでは最新式の、指向性の衝撃を打ち出す魔導空気砲とでもいうべきものを搭載している。
魔力さえ続けば弾数に制限はないものの、威力は操作する魔術師次第である。
とはいえ、普通の木造船であれば穴をあけるくらいはたやすい威力なのだが。
海賊に海賊退治を持ち掛けられた。
「近頃、我が社の船だけでなく、近郊の輸送船が多く海賊の被害に遭っていてな」
以前から海賊というものはいくらもいたそうなのであるが、今回の海賊はどうも様子が違うのだそうだった。
「最初は季節違いの嵐にでもあったのかと思った。船自体が帰ってこんし、保険屋の腕利き冒険屋も帰ってこん。海賊相手なら、こうはならん」
海の海賊も陸の盗賊と同じで、相手を殺しつくしてしまっては仕方がない。せいぜいが荷の何割かを奪う程度で、皆殺しにするような海賊というものはまずいない。はずだった。
ところが、最近になって航路に帆を破壊されて難破している船が発見された。嵐にでもあったのかと乗り込んでみれば、何と乗組員は皆殺しにされ、荷物は食料に至るまですべて略奪されているのだという。どれだけ飢えた連中でもここまで徹底的にはやらないだろうという徹底ぶりである。
しかし、嵐にも魔獣にもこんなことはできないとなれば、残るのは人間の手、つまり海賊ということになる。
「しかも連中、港に仲間でもいるのか、船の予定をかなり正確につかんできおる。厳重に組んだ護衛船団にはぴくりとも反応せず、おとり船団にもやはり無反応。手薄な所を正確に狙って襲ってくるのだ」
「陸の仲間たちは見つからないんですか」
「ファシャ街に潜んでおるのではないかと思っているが、どうにも探し出す手立てがない。まず怪しげな船が入港したことさえないのだ」
「そんなバカな」
海賊といえど、手に入れた財宝を売りさばくには、どこかの港を利用しなくてはならない。船というものはいつまでも海の上を漂っては干からびる一方なのだ。たとえ船を襲って食料や水を根こそぎに奪っているとはいえ、限度がある。
それに、陸によらずに陸の情報を仕入れるというのは、不可能だ。
「伝書鷹のような手段はどうです?」
「あれは土地を覚えて飛ぶ生き物だ。海上で移動し続ける船にどうして連絡できる」
「どこかの小島を拠点としているとか」
「そうなればますます手におえんし、それにしたって、補給や売買はどうしたって港を利用せねばならん」
話しているうちにふと気づいたのは、紙月である。
「通商妨害では」
「通商、妨害?」
「要するに、自分達が儲けたり食っていくために襲っているのではなく、国家間の通商を封じて不利益をもたらそうとしてるんです」
「馬鹿な!」
面白い概念だとは言いながらもプロテーゾが一笑に付した理由は簡単である。
それというのも、帝国が海運で結ばれているのは隣の西大陸のファシャだけであり、近海に国益のからむような国家はない。そのファシャとも国交は実に友好的なものなのである。
つまり、二国間の通商を妨害して得をする国家はなく、また帝国内の海運を妨害されるほどファシャとの国交は険悪ではないのである。
「全く?」
「全くだ。というのも、超皇帝自らが使節団を率いて友誼の為に出向き、その際にファシャの皇女を一人我が帝国に迎え入れているほどだ」
「……超皇帝?」
「うむ。以前南部にも公演会の興行に来てくださってな。大いに盛り上がったものだ。西部も廻ったはずだが、君は知らんのかね」
「いやあ、森に引きこもってたもんで」
「それはもったいない! 記録水晶があればよかったんだが、あれは自宅に大事にしまってあってな」
「ああ、いえ、おかまいなく」
どうやら皇帝とは名がついているが、ある種のパフォーマンス集団であるらしい。恐らくは。多分、国家的な人気集団であるのだろう。そしてそのグループが出向いて平和的にパフォーマンスした挙句、向こうの皇女を帝国に招いて歓待するというやり取りがあったほど、国家間の関係は友好的であるらしい。
という風に紙月はどうにかかみ砕いて理解した。未来はすでに何となくでしか話を聞いていない。頼りのムスコロとハキロはこれだけの情報で話が通じているというか、前提条件のようなものであるらしくて、うむうむともっともらしくうなずくばかりである。
「仕事の話に戻りましょう」
「おお、そうだったな。まあとにかく正体不明のやつらでな。こうなっては仕方がないと、あらかじめ隙がありそうだという情報を流した輸送船を用意し、このおとりにかかったところを迎撃するという直接戦法を用いることになった」
このおとり戦法の情報は港湾組合の上層部にしか知らされていない極秘情報であり、もしもこのおとりさえ見破られた場合、港湾組合を切り崩していくほかにないというほどに切羽詰まっているようだった。
「我が社の荒事に慣れた連中も載せていくが、なにしろおとりであることがばれればいかんから、通常の積み荷も勿論積み込むし、それほど大掛かりに武装していくことができん」
「そこで森の魔女の出番という訳ですね」
「そうだ。予想以上に使えそうで、喜ばしい限りだ」
「船団の内容は?」
「我々が乗り込むおとり輸送船が一隻に、護衛船が三隻。護衛船には最新鋭の魔導砲が積んであるが、正直なところ、いままでの戦績で言えば役に立たん可能性が高いな」
何しろ、いままでどんな護衛船も皆殺しにして、修理の為の寄港もしていない以上おそらくは一切の損傷も負っていないままの無敵の海賊たちである。
むしろ護衛船をおとりにして、本命であるおとり輸送船の森の魔女に、魔法で撃沈してもらうというのが確実な戦法かもしれないとプロテーゾは語った。
「勿論、敵の正体も確認したいし、船を押さえられればそれに越したことはないのだが」
「そのためにはどんな戦法が?」
「衝角攻撃、つまり敵船側面に体当たりをして直接乗り込み、乗組員を捕縛ないし殲滅することだが……今までそれができないでいるのだ。この際、相手の殲滅を最優先にしたい。状況にもよるが、君の魔法で速攻を決めたい」
そういうことになった。
間もなくして、穏やかな海の向こうに敵を見据え、おとり船団は出向した。
用語解説
・超皇帝
帝都から発信された一大ムーブメントにしてパフォーマンス集団。アイドル。
全く新しい歌謡と舞踊を舞台の上で披露し、万単位の観客を沸かせるという。
メインは二人組の半神で、それに随時バックダンサーや伴奏がつく形である。
興行と称して帝国各地で公演を行っており、困惑とともにその人気は高まっている。
最近ではファシャにも興行に行っており、その際トチ狂った皇女の一人が追っかけとしてついてきてしまった。
・記録水晶
映像と音声を記録できる水晶。成人男性がなんとか抱えられるほどの大きさ、重さで、使い勝手も悪いし高価なのであまり普及はしていない。
囀石がもっと小型なものを製造可能であるが、こちらはさらに目をむくほどに高価なものとなる。
・魔導砲
火薬の代わりに魔力で爆発を起こして砲弾を打ち出す大砲、または魔法そのものを打ち出す大砲。
ここでは最新式の、指向性の衝撃を打ち出す魔導空気砲とでもいうべきものを搭載している。
魔力さえ続けば弾数に制限はないものの、威力は操作する魔術師次第である。
とはいえ、普通の木造船であれば穴をあけるくらいはたやすい威力なのだが。