前回のあらすじ
一網打尽に大嘴鶏食いを片付けた二人だったが。
大嘴鶏食いの巣を殲滅し終えたことを意気揚々と報告したところ、叱られた。
三人そろって、叱られた。
まず依頼主のチャスィスト家のマルユヌロ老に、独断専行が過ぎると叱られた。天狗の言うことを信じて、大事になったらどうするつもりだったのかと大いに叱られた。これについて反論しようとしたところ、マルユヌロは渋い顔をして、付け加えた。君も、賢い子供ならば大人の暴走は止めなさいと。
スピザエトはしばらく自分が言われたのだということを咀嚼できないでいたが、そうとわかると何度も頷いて、叱られてしまったと笑うのだった。
次に冒険屋たちのリーダー格である古参の冒険屋に叱られた。お前たちは子供に説教しておいて、やることはその子供と一緒じゃないか。次は自分達も呼ぶようにと大いに叱られた。それから少し迷って、頼るときはこんな胡散臭いのじゃなくて、もっとしっかりした大人を頼れと胸を叩いた。
じゃあ助けてくれるのかとスピザエトが恐る恐る問うと、お代によると大真面目に言われて、これにもまた笑った。冒険屋も、やはり生業なのだ。
最後に、スピザエトのおつきの者たちが探しにやってきて、何を馬鹿な冒険ごっこなどしているのかと散々に叱られた。この方をどなたと心得るのかとか、子供を連れて害獣退治など言語道断だとか、大いに叱られた。
それからスピザエトが素直に謝罪すると、こっそりと、どうやって躾けたのか教えてくれと頼まれた。それはあんたらの仕事だと返せば、人族に言い負かされるのは癪だとため息を吐かれた。
こうして三人は三様に叱られたのだが、スピザエトはこの小さな冒険でいろいろと得るものがあったようだ。そればかりは、紙月も未来も手放しで喜べるところだった。
「シヅキ、ミライ、冒険屋には報酬がいるんじゃろ?」
「子供料金でサービスしとくよ」
「そうはいかん。おぬしらはわしを立派な一人として見てくれた。わしもおぬしらを立派な冒険屋として扱う」
「その気持ちだけでうれしいんだけどな」
「いいじゃない紙月。受け取っておこうよ」
「うむ。と言っても手持ちがないからの。ちょっとした装飾品じゃが、受け取ってくれ」
そう言って、スピザエトは両手を飾っていた腕輪を外し、二人に一つずつ寄越して与えた。
「いいのか、高そうだけど」
「高いわい! 高いから報酬なんじゃろ!」
「それもそうだ」
「ありがたくうけとるよ」
二人はこれを大事にインベントリにしまった。腕に付けていると、何しろ冒険屋なんて稼業だから、なくしたり壊したりしそうだし、売り払うという気にもならなかったので、記念品として取っておくことにしたのだ。
依頼主からもきちんと革袋に詰められた報酬が渡され、これにてこの地の依頼は済んだ。
「おうちょっと待て」
「え」
「大嘴鶏食いどもを片付けたんだろ」
「素材がもったいねえ。巣まで案内しな」
「うげ、そうだった」
「二人で突っ走った分、まだまだ働いてもらうぞ!」
「ぐへえ」
こうして二人は凍り付いた巣の前で説明に励み、凍り付いた巣の解体に励み、凍り付いた素材の解体に励み、なんで凍ってんだよと三回ほど自分に切れ、それでもなんとか素材を解体し、街におろすのだった。
騒がしい平原の民の集落を離れて、連れの者たちの操る風精に乗って空を飛びながら、スピザエトは思った。これは紙月たちの言う通り小さな冒険にすぎず、従者たちの言う通り冒険ごっこにすぎず、これがために何か変わるようなことも、何かが起こるようなこともないのだろう。
これから。
すべてはこれからなのだ。
かつて父や祖父にも、何かしらのきっかけがあっただろう。
それが自分にも訪れただけのことなのだ。
それをどう生かすも、どう殺すも、すべてはこれからなのだ。
いつもそうだった。
スピザエトは風を頬に受けながらそう思った。
いつもそうだったのだ、本当は。
いつだって人生というものは、呪いに縛られている。
でもその呪いを生み出しているのは、本当のところ自分自身なのだ。
自分の人生は呪いのようなものなのだと、自分の好きなようにはできないのだと、その思い自体が呪いなのだった。呪いが呪いを生み続けてきたのだった。
けれど本当はいつだって、どこだって、きっかけと呼べるものはあったはずなのだった。
例えば父が声をかけてくれたあの月のない夜。
父の語らない言葉の向こうにある本心に触れたあの夜。
あの時だって、スピザエトは違うといえたはずなのだ。
父のためでもなく、祖父のためでもなく、連綿と続く呪いのような血筋のためでもなく、ただ自分が父を尊敬するから父のようになりたいのだと、そう言えたはずなのだった。
そうだ。
いつもそうだった。
これから。
すべてはこれからなのだ。
「おや、腕輪はどうなさいました?」
「うむ。冒険屋に報酬としてやった」
「おやまあ、御駄賃にしてはちょっと高かったですよ、あれ」
「わしにしてみれば妥当な報酬だったのじゃ」
「ではその分、お勉強して返していただきますよ、殿下」
「ぐへえ」
用語解説
・殿下
帝国内に、現状で王または王子を僭称するような輩はいない。
もしも正当に王または王子を名乗るようなものがいるとすればそれは帝国外の勢力となる。
一網打尽に大嘴鶏食いを片付けた二人だったが。
大嘴鶏食いの巣を殲滅し終えたことを意気揚々と報告したところ、叱られた。
三人そろって、叱られた。
まず依頼主のチャスィスト家のマルユヌロ老に、独断専行が過ぎると叱られた。天狗の言うことを信じて、大事になったらどうするつもりだったのかと大いに叱られた。これについて反論しようとしたところ、マルユヌロは渋い顔をして、付け加えた。君も、賢い子供ならば大人の暴走は止めなさいと。
スピザエトはしばらく自分が言われたのだということを咀嚼できないでいたが、そうとわかると何度も頷いて、叱られてしまったと笑うのだった。
次に冒険屋たちのリーダー格である古参の冒険屋に叱られた。お前たちは子供に説教しておいて、やることはその子供と一緒じゃないか。次は自分達も呼ぶようにと大いに叱られた。それから少し迷って、頼るときはこんな胡散臭いのじゃなくて、もっとしっかりした大人を頼れと胸を叩いた。
じゃあ助けてくれるのかとスピザエトが恐る恐る問うと、お代によると大真面目に言われて、これにもまた笑った。冒険屋も、やはり生業なのだ。
最後に、スピザエトのおつきの者たちが探しにやってきて、何を馬鹿な冒険ごっこなどしているのかと散々に叱られた。この方をどなたと心得るのかとか、子供を連れて害獣退治など言語道断だとか、大いに叱られた。
それからスピザエトが素直に謝罪すると、こっそりと、どうやって躾けたのか教えてくれと頼まれた。それはあんたらの仕事だと返せば、人族に言い負かされるのは癪だとため息を吐かれた。
こうして三人は三様に叱られたのだが、スピザエトはこの小さな冒険でいろいろと得るものがあったようだ。そればかりは、紙月も未来も手放しで喜べるところだった。
「シヅキ、ミライ、冒険屋には報酬がいるんじゃろ?」
「子供料金でサービスしとくよ」
「そうはいかん。おぬしらはわしを立派な一人として見てくれた。わしもおぬしらを立派な冒険屋として扱う」
「その気持ちだけでうれしいんだけどな」
「いいじゃない紙月。受け取っておこうよ」
「うむ。と言っても手持ちがないからの。ちょっとした装飾品じゃが、受け取ってくれ」
そう言って、スピザエトは両手を飾っていた腕輪を外し、二人に一つずつ寄越して与えた。
「いいのか、高そうだけど」
「高いわい! 高いから報酬なんじゃろ!」
「それもそうだ」
「ありがたくうけとるよ」
二人はこれを大事にインベントリにしまった。腕に付けていると、何しろ冒険屋なんて稼業だから、なくしたり壊したりしそうだし、売り払うという気にもならなかったので、記念品として取っておくことにしたのだ。
依頼主からもきちんと革袋に詰められた報酬が渡され、これにてこの地の依頼は済んだ。
「おうちょっと待て」
「え」
「大嘴鶏食いどもを片付けたんだろ」
「素材がもったいねえ。巣まで案内しな」
「うげ、そうだった」
「二人で突っ走った分、まだまだ働いてもらうぞ!」
「ぐへえ」
こうして二人は凍り付いた巣の前で説明に励み、凍り付いた巣の解体に励み、凍り付いた素材の解体に励み、なんで凍ってんだよと三回ほど自分に切れ、それでもなんとか素材を解体し、街におろすのだった。
騒がしい平原の民の集落を離れて、連れの者たちの操る風精に乗って空を飛びながら、スピザエトは思った。これは紙月たちの言う通り小さな冒険にすぎず、従者たちの言う通り冒険ごっこにすぎず、これがために何か変わるようなことも、何かが起こるようなこともないのだろう。
これから。
すべてはこれからなのだ。
かつて父や祖父にも、何かしらのきっかけがあっただろう。
それが自分にも訪れただけのことなのだ。
それをどう生かすも、どう殺すも、すべてはこれからなのだ。
いつもそうだった。
スピザエトは風を頬に受けながらそう思った。
いつもそうだったのだ、本当は。
いつだって人生というものは、呪いに縛られている。
でもその呪いを生み出しているのは、本当のところ自分自身なのだ。
自分の人生は呪いのようなものなのだと、自分の好きなようにはできないのだと、その思い自体が呪いなのだった。呪いが呪いを生み続けてきたのだった。
けれど本当はいつだって、どこだって、きっかけと呼べるものはあったはずなのだった。
例えば父が声をかけてくれたあの月のない夜。
父の語らない言葉の向こうにある本心に触れたあの夜。
あの時だって、スピザエトは違うといえたはずなのだ。
父のためでもなく、祖父のためでもなく、連綿と続く呪いのような血筋のためでもなく、ただ自分が父を尊敬するから父のようになりたいのだと、そう言えたはずなのだった。
そうだ。
いつもそうだった。
これから。
すべてはこれからなのだ。
「おや、腕輪はどうなさいました?」
「うむ。冒険屋に報酬としてやった」
「おやまあ、御駄賃にしてはちょっと高かったですよ、あれ」
「わしにしてみれば妥当な報酬だったのじゃ」
「ではその分、お勉強して返していただきますよ、殿下」
「ぐへえ」
用語解説
・殿下
帝国内に、現状で王または王子を僭称するような輩はいない。
もしも正当に王または王子を名乗るようなものがいるとすればそれは帝国外の勢力となる。