前回のあらすじ
紙月、死す。
ほとんど遊んでいるようにしか見えない冒険屋たちだったが、ひとたび敵が出ると動きは素早かった。
「出たぞ!」
最初に声を上げたのは、紙月たちと同じ休憩組であるエベノの冒険屋たちだった。そして声を上げると同時にもう矢をつがえて、ひゅうと鋭く射っている。そしてこの咄嗟の射が外すことなく獲物の脳天を射抜くものだから、遊んでいるようでさすがは冒険屋である。
次いで紙月が跳ね起きると同時に、仕事組であった冒険屋がものすごい勢いで手斧を投げつけ、もう一頭の胸にしたたかな一撃を加えた。そしてわずかに間をおいて、紙月の《火球》が逃げ去ろうとした一頭の頭を焼き払い、ごろりと地に転がした。
仕事組の冒険屋がじろりと見やってくるので、紙月は少し考えて、そうか、とすぐに頭を下げた。
「すまない」
「いや、いい、間が悪かった。あんたの魔法は、思いのほかに早いな」
失敗は冒険屋にとってつきものであるし、これは致命的な誤りでもなかったから、すぐに謝罪したことで、こじれることはなかった。
未来が瞬時に着込んだ鎧を、やはり同じように解除しながら不思議そうに首をかしげるので、紙月は教えてやった。
「大嘴鶏食いは大体三頭で行動するだろ」
「うん」
「一頭残しておけば、巣の場所が分かったかもしれない」
「あっ」
「でも、いまのは俺の魔法があんなに早いとは思わなかったし、向こうにも非があるといって許してくれたんだ」
「成程」
未来は賢い。賢いが、まだ経験が浅く、気の回らないことも多い。そこを補ってやるのも紙月の仕事だった。
「それに、まだ挽回できる」
「え?」
「仕事はまだ終わってないぞ」
紙月が鋭く言うと、未来も鼻を引くつかせて、瞬時に鎧を着こむ。そして今度はためらうことなく、その手元の盾が翻った。
ガツンと激しい音と共に、紙月たちの警戒していたその逆方向からひっそりとやってきたもう一群の鼻先を、未来の投げた盾が一撃お見舞いした。
ついで、牧人の足高の弓がもう一頭を仕留めた。
あと一頭。
即席の冒険屋たちが一瞬強張る中で、先の経験で反省した紙月が新たな魔法を繰り出した。
「《土鎖》!」
さかしくも早々に逃げ出そうとした最後の一頭の足元から土が盛り上がり、素早くその足を縛り付ける。
土でできているから決して頑丈な戒めではないが、走り出したその足元をすくって転倒させることには成功した。
「未来!」
「よしきた!」
そこに鎧姿の未来がのしかかれば、細身の大嘴鶏食いはひとたまりもなく昏倒した。
捕まえたのである。
「火の魔法に土の魔法、多芸だな、あんたは」
「伊達に森の魔女と呼ばれちゃいないよ」
「なに、するとあんたが地竜を昼飯にしているという」
「待って」
「俺も聞いたぞ、腹いせに山を吹き飛ばすとか」
「待って待って」
勿論冒険屋たちもそれが盛りに盛った冗談の類だということはわかっていて大いに笑った。
大嘴鶏食いはすっかり昏倒していて、しばらく目覚めそうになかったので、紙月が《土槍》を工夫して即席の土の檻を作って囲った。崩れぬように念じるとそのようになったし、形も、あまり細かくは無理だったが、大雑把には念じた通りになったので、これは大きな発見だった。
目覚めるまでの間、冒険屋たちは各々矢や手斧を回収し、大嘴鶏食いのむくろを集めて、さてどうしたものかと頭を集めた。
そんな中でふと食べ盛りの未来が腹の根を鳴らし、思い出したように牧人が言った。
「割りにうまいで」
「なに?」
「ちいと筋張っとるけど、なかなか乙なもんや」
「焼くか」
「うむ、焼くか」
焼いて弔うことになった。
冒険屋たちはそのような建前でさっさと竈を組み、手慣れた様子で血抜きし、この恐竜のようなオオトカゲをさばき、水精晶の水筒で洗い、適当な大きさで串に刺して、あぶった。
食ったことがあるのかと聞けば、ないという。ないが、獣というものはその種類ごとに大体同じような骨付きをしているから、鶏が捌ければ鳥や蜥蜴の類はさばけるし、毛獣もさほどの違いはないという。
やったことがないというのでは冒険屋をやっていくのは大変だろうからと一頭任せてもらった。最初こそ気持ちが悪くなりかけた紙月はすぐに調子を掴んでてきぱきと解体し、包丁仕事はそれなりに慣れているという未来も、小さな手ながらすんなりとやってのける。
「毛獣は、例えば熊や猪の類は、脂がもっと分厚いから、刃がすぐに鈍る。近くで湯を沸かしておくといい」
「羽獣や大トカゲの類は骨が細いものが多いから、折ってしまわないように気をつけろ」
「今日はお前たち冒険屋の流儀だから焼くが、遊牧民は基本的に煮る。その方が火も節約できるし、肉もすっかり骨からとれる」
一見旅慣れない女である紙月と、子供の未来が素直に指示に従うのが健気でよいらしく、冒険屋たちは、また牧人たちも様々な事を教えてくれた。
五頭の大嘴鶏食いはさすがに多いので、二頭を冒険屋たちがおやつ代わりに平らげることにし、残りの三頭分はいくらかを牧人たちの夕餉にすることにし、残りを市でさばくことになった。
さて、肝心の大嘴鶏食いの串焼きはというと、これは成程なかなかの美味だった。
肉自体は、そのごつごつとした鱗からは想像できないほど白く透き通っており、焼くと白っぽく濁る。これにしたたかな牧人たちが売りつけてきたべらぼうに高い岩塩を振りかけて食べるのだが、これが、美味い。岩塩に高い金を払うのも仕方がないと思う位には、美味い。
「見た目より臭みがないな」
「よりっていうか、全然ない。鶏肉だよね」
「ジューシーな鶏肉」
「ささみっぽいというか、脂身はあんまりないんだけどね」
「いかんな。無限に食える」
「あれ欲しい」
「あれ」
「ポン酢」
「わかる。それに、わさび」
「ぼくさび抜きでいいや」
「お子様め」
試しに、以前村で頂戴した猪醤につけてみると、これがたまらなく美味かった。ワサビはなかったが、牧人たちが猪醤と引き換えにと差し出してきた生姜、つまりショウガを摩り下ろして加えると、これはもう犯罪的だった。
冒険屋たちはそれぞれにスダチのように香りのよい柑橘や、このあたりでは値の張る胡椒、また南部で仕入れたという唐辛子のペーストを交換条件に出し、それぞれが満足のいく取引となった。
冒険屋が集まっていいことの一つは、食道楽が多いということである。決まって何か一つは、決まり手と言っていいような食材を、懐に忍ばせているものである。
そうこうしているうちに、肉の焼ける香ばしい匂いに誘われてか、大嘴鶏食いが目を覚ました。そして解体されてあぶられている仲間の姿にギャアギャアと鳴きながら暴れ始めるではないか。
いくら害獣とはいえ、これは悪いことをした、配慮が足りなかったなとは思いながらも、冒険屋たちは檻の強度を確かめるだけで、満足するまで肉を食い、酒を飲んだ。
そしてしっかり火の始末まで終えてから、冒険屋たちはそれぞれに大嘴鶏を借り、息を吹き返した大嘴鶏食いを放して、早速追いかけたのだった。
用語解説
・《土鎖》
ゲーム内《技能》。《魔術師》系列が覚える土属性の低級魔法。
土属性の行動阻害系《技能》で、相手の移動を封じたり、場合によっては転倒させて行動を封じたりする。勿論空を飛んでいる相手には効かないし、水場でも使えない。
『《土鎖》! 今日ほどこの魔法を忌々しく思った日はないわ! 言わんでもわかるじゃろ! 出て来い!』
紙月、死す。
ほとんど遊んでいるようにしか見えない冒険屋たちだったが、ひとたび敵が出ると動きは素早かった。
「出たぞ!」
最初に声を上げたのは、紙月たちと同じ休憩組であるエベノの冒険屋たちだった。そして声を上げると同時にもう矢をつがえて、ひゅうと鋭く射っている。そしてこの咄嗟の射が外すことなく獲物の脳天を射抜くものだから、遊んでいるようでさすがは冒険屋である。
次いで紙月が跳ね起きると同時に、仕事組であった冒険屋がものすごい勢いで手斧を投げつけ、もう一頭の胸にしたたかな一撃を加えた。そしてわずかに間をおいて、紙月の《火球》が逃げ去ろうとした一頭の頭を焼き払い、ごろりと地に転がした。
仕事組の冒険屋がじろりと見やってくるので、紙月は少し考えて、そうか、とすぐに頭を下げた。
「すまない」
「いや、いい、間が悪かった。あんたの魔法は、思いのほかに早いな」
失敗は冒険屋にとってつきものであるし、これは致命的な誤りでもなかったから、すぐに謝罪したことで、こじれることはなかった。
未来が瞬時に着込んだ鎧を、やはり同じように解除しながら不思議そうに首をかしげるので、紙月は教えてやった。
「大嘴鶏食いは大体三頭で行動するだろ」
「うん」
「一頭残しておけば、巣の場所が分かったかもしれない」
「あっ」
「でも、いまのは俺の魔法があんなに早いとは思わなかったし、向こうにも非があるといって許してくれたんだ」
「成程」
未来は賢い。賢いが、まだ経験が浅く、気の回らないことも多い。そこを補ってやるのも紙月の仕事だった。
「それに、まだ挽回できる」
「え?」
「仕事はまだ終わってないぞ」
紙月が鋭く言うと、未来も鼻を引くつかせて、瞬時に鎧を着こむ。そして今度はためらうことなく、その手元の盾が翻った。
ガツンと激しい音と共に、紙月たちの警戒していたその逆方向からひっそりとやってきたもう一群の鼻先を、未来の投げた盾が一撃お見舞いした。
ついで、牧人の足高の弓がもう一頭を仕留めた。
あと一頭。
即席の冒険屋たちが一瞬強張る中で、先の経験で反省した紙月が新たな魔法を繰り出した。
「《土鎖》!」
さかしくも早々に逃げ出そうとした最後の一頭の足元から土が盛り上がり、素早くその足を縛り付ける。
土でできているから決して頑丈な戒めではないが、走り出したその足元をすくって転倒させることには成功した。
「未来!」
「よしきた!」
そこに鎧姿の未来がのしかかれば、細身の大嘴鶏食いはひとたまりもなく昏倒した。
捕まえたのである。
「火の魔法に土の魔法、多芸だな、あんたは」
「伊達に森の魔女と呼ばれちゃいないよ」
「なに、するとあんたが地竜を昼飯にしているという」
「待って」
「俺も聞いたぞ、腹いせに山を吹き飛ばすとか」
「待って待って」
勿論冒険屋たちもそれが盛りに盛った冗談の類だということはわかっていて大いに笑った。
大嘴鶏食いはすっかり昏倒していて、しばらく目覚めそうになかったので、紙月が《土槍》を工夫して即席の土の檻を作って囲った。崩れぬように念じるとそのようになったし、形も、あまり細かくは無理だったが、大雑把には念じた通りになったので、これは大きな発見だった。
目覚めるまでの間、冒険屋たちは各々矢や手斧を回収し、大嘴鶏食いのむくろを集めて、さてどうしたものかと頭を集めた。
そんな中でふと食べ盛りの未来が腹の根を鳴らし、思い出したように牧人が言った。
「割りにうまいで」
「なに?」
「ちいと筋張っとるけど、なかなか乙なもんや」
「焼くか」
「うむ、焼くか」
焼いて弔うことになった。
冒険屋たちはそのような建前でさっさと竈を組み、手慣れた様子で血抜きし、この恐竜のようなオオトカゲをさばき、水精晶の水筒で洗い、適当な大きさで串に刺して、あぶった。
食ったことがあるのかと聞けば、ないという。ないが、獣というものはその種類ごとに大体同じような骨付きをしているから、鶏が捌ければ鳥や蜥蜴の類はさばけるし、毛獣もさほどの違いはないという。
やったことがないというのでは冒険屋をやっていくのは大変だろうからと一頭任せてもらった。最初こそ気持ちが悪くなりかけた紙月はすぐに調子を掴んでてきぱきと解体し、包丁仕事はそれなりに慣れているという未来も、小さな手ながらすんなりとやってのける。
「毛獣は、例えば熊や猪の類は、脂がもっと分厚いから、刃がすぐに鈍る。近くで湯を沸かしておくといい」
「羽獣や大トカゲの類は骨が細いものが多いから、折ってしまわないように気をつけろ」
「今日はお前たち冒険屋の流儀だから焼くが、遊牧民は基本的に煮る。その方が火も節約できるし、肉もすっかり骨からとれる」
一見旅慣れない女である紙月と、子供の未来が素直に指示に従うのが健気でよいらしく、冒険屋たちは、また牧人たちも様々な事を教えてくれた。
五頭の大嘴鶏食いはさすがに多いので、二頭を冒険屋たちがおやつ代わりに平らげることにし、残りの三頭分はいくらかを牧人たちの夕餉にすることにし、残りを市でさばくことになった。
さて、肝心の大嘴鶏食いの串焼きはというと、これは成程なかなかの美味だった。
肉自体は、そのごつごつとした鱗からは想像できないほど白く透き通っており、焼くと白っぽく濁る。これにしたたかな牧人たちが売りつけてきたべらぼうに高い岩塩を振りかけて食べるのだが、これが、美味い。岩塩に高い金を払うのも仕方がないと思う位には、美味い。
「見た目より臭みがないな」
「よりっていうか、全然ない。鶏肉だよね」
「ジューシーな鶏肉」
「ささみっぽいというか、脂身はあんまりないんだけどね」
「いかんな。無限に食える」
「あれ欲しい」
「あれ」
「ポン酢」
「わかる。それに、わさび」
「ぼくさび抜きでいいや」
「お子様め」
試しに、以前村で頂戴した猪醤につけてみると、これがたまらなく美味かった。ワサビはなかったが、牧人たちが猪醤と引き換えにと差し出してきた生姜、つまりショウガを摩り下ろして加えると、これはもう犯罪的だった。
冒険屋たちはそれぞれにスダチのように香りのよい柑橘や、このあたりでは値の張る胡椒、また南部で仕入れたという唐辛子のペーストを交換条件に出し、それぞれが満足のいく取引となった。
冒険屋が集まっていいことの一つは、食道楽が多いということである。決まって何か一つは、決まり手と言っていいような食材を、懐に忍ばせているものである。
そうこうしているうちに、肉の焼ける香ばしい匂いに誘われてか、大嘴鶏食いが目を覚ました。そして解体されてあぶられている仲間の姿にギャアギャアと鳴きながら暴れ始めるではないか。
いくら害獣とはいえ、これは悪いことをした、配慮が足りなかったなとは思いながらも、冒険屋たちは檻の強度を確かめるだけで、満足するまで肉を食い、酒を飲んだ。
そしてしっかり火の始末まで終えてから、冒険屋たちはそれぞれに大嘴鶏を借り、息を吹き返した大嘴鶏食いを放して、早速追いかけたのだった。
用語解説
・《土鎖》
ゲーム内《技能》。《魔術師》系列が覚える土属性の低級魔法。
土属性の行動阻害系《技能》で、相手の移動を封じたり、場合によっては転倒させて行動を封じたりする。勿論空を飛んでいる相手には効かないし、水場でも使えない。
『《土鎖》! 今日ほどこの魔法を忌々しく思った日はないわ! 言わんでもわかるじゃろ! 出て来い!』