前回のあらすじ
お喋りな囀石と遭遇した一行。
早速石食いたちの大群に追われて逃げ出すのであった。
石を拾いながらゆっくり歩いてきた行きと異なり、とにかく逃げの一手の全力疾走であった帰りは、早いものであった。
坑道の入り口までたどり着き、ようやく一息ついた一行は、どっと崩れ落ちるように倒れ伏した。石食いは群れると聞いていたが、あそこまでどっとやってくるとは、思いもしなかったのである。
「やれやれ、あれじゃあちょっとやり方を考えなきゃいけないね」
「そもそもどうやって退治するつもりだったんです?」
「餌につられて群がってきたところを、あんたの魔法で一網打尽、ってのを繰り返そうかとね」
「成程……って、あの調子じゃ崩落しかねねえな」
「崩落、崩落ね……いっそみんなまとめて押しつぶされちまえば楽なんだけど」
とにかくいったん休憩しようと、ピオーチョは小型の炉のようなものに火をおこし、薬缶を火にかけた。この炉は火精晶なる魔法の石が使われているらしい。
「ちょいと高いが、あたしら職人の手にかかりゃ簡単に作れるからね」
「へえ、じゃあ仕事が終わったら、俺達にも一つ作ってもらえます?」
「出来高制だよ」
「うへぇ」
薬缶で甘茶が濃いめに煮出され、各人に金属のマグカップが寄越された。といっても、ミノの分はない。
「……というか、飲めんのか、そもそも」
『自分達、普通の飲食とは相性が悪いのでお気になさらずであります』
「ふん、石食い石に飲ませる茶はないよ」
『囀石であります!』
坑道を出てもピオーチョとミノの険悪さはほぐれもしないようで、紙月もこれには参った。
「なあミノ、廃鉱山にはお前の仲間はどれくらいいるんだ?」
『現状、この廃鉱山内には、この自分を合わせて三十二の自分達がいるであります』
「結構いるな」
『でも自分達は何分石でできているだけあって石食いとの相性が悪いのであります』
「そりゃ食ってくれって言ってるようなもんだしな……」
しかし、三十二というのは結構な数である。それもこの廃鉱山を棲み処にしているということは、素人の紙月たちがピオーチョの案内について行くより、よほど自由自在に動き回れることは間違いない。
「なあ、ピオーチョさん」
「嫌なもんは嫌だよ」
「そうは言ったってなあ……なあ、どうしてそんなに嫌がるんです」
「どうして? どうしてだって?」
ふん、とピオーチョは疲れとも苛立ちともとれぬ溜息を吐いて、それからゆっくりと甘茶を啜り始めた。
ピオーチョはこのミノの町で生まれ育った生粋のミノっ子だという。
やがて終わりが来るにしても、自分が死ぬ時までは精々このミノの町に尽くしたい。そう思って、土蜘蛛として職人仕事に明け暮れ、また若さのままに冒険屋としての仕事も始めた。
そのどちらともをまさかこの年になるまで続けるとは思わなかったけれどね、とピオーチョは笑った。
毎日のように山から掘り出されてくる鉱石やクズ石、精錬される金や銀、鉄、鉱山というのは土蜘蛛にとって正しく宝箱だ。ピオーチョは直接山に潜りはしなかったけれど、それでも掘り出し物には目をかけ、丁寧な仕事ぶりも徐々に評価され始めていた。
まだ十代の若造であるピオーチョは、それでも周囲の職人たちの仕事をよく学び、よく取り入れ、成人したてとしては随分取り上げてもらったものだという。
そのピオーチョが十六の頃である。
ピオーチョは一人の囀石とたまたま知り合って、親交を深めていた。
囀石というのは何も廃鉱山にばかり住み着くものではない、現役の鉱山ともなれば積極的に自分達を売り込んで鉱夫として潜ったし、ちょいとつまみ食いはするが、その働きぶりは土蜘蛛と比較してもまだ優れているほどだった。
その囀石と仲が良くなったのは何も真っ当な理由からではなかった。たまたま山を覗きに行ったときに、ちょうどつまみ食いしようとしているところを発見してしまい、黙っている代わりにたまに鉱石を融通してもらうという、いわば共犯として二人の仲は始まったのであった。
勿論、その程度のことは子供たちの戯れとして、大人たちはとっくに気付いていただろう。その上で景気の好さから見逃されていたのだ。それでもピオーチョにとっては、それは胸が沸き立つようにドキドキする、特別な関係だった。
大人たちに黙って悪いことをしているんだという刺激に、囀石という特別変わった友人! 思春期のピオーチョにこれ以上に面白いことはなかった。
ピオーチョは囀石から多くのことを学んだ。石の見分け方、炉の火の操り方、異なる金属同士を合わせた合金の比率。若いピオーチョにとって、囀石は教師であり、友であり、もはや姉妹と言ってよかった。
だからある日のこと、ピオーチョは小遣いをはたいて買った大振りの紅玉を囀石にプレゼントしたのだという。
「だというのに、あいつは……!」
囀石はプレゼントを喜び、そして食べてしまったのだという。
「うわぁ」
「うわぁ」
「土蜘蛛が宝石を渡すってことの意味が分かってないんだよ!」
細工の得意な土蜘蛛が、細工を施していない宝石を捧げるということは、これから細工を施していくように、末永く善き付き合いをしていきましょうねというそう言う長い親交を願ってのことなのだという。偏屈で頑固な土蜘蛛が友情に捧げるものとしてこれ以上のものはないのである。
『え、えーと、自分達も土蜘蛛の習慣に詳しいわけではないので、』
「だからってもらったもん食うか!? その場で!? 宝石狂いの土蜘蛛が、宝石を渡してんだぞ!?」
『あうあう』
その瞬間、二人の間の友情は盛大に亀裂が走ったどころではなく完全に崩壊して喧嘩別れになったという。
「あれ以来、あたしは囀石なんて生き物を信用してないんだ。隣人だなんだって言って、結局は価値観が違い過ぎるのさ。まだ石食いどもの方が近いんだろうね」
これには二人もフォローのしようがなかった。
用語解説
・甘茶(dolĉa teo)
甘みの強い植物性の花草茶。
同じ名称ではあるが何種類かの甘茶が存在し、帝国全土で広く飲まれる。
お喋りな囀石と遭遇した一行。
早速石食いたちの大群に追われて逃げ出すのであった。
石を拾いながらゆっくり歩いてきた行きと異なり、とにかく逃げの一手の全力疾走であった帰りは、早いものであった。
坑道の入り口までたどり着き、ようやく一息ついた一行は、どっと崩れ落ちるように倒れ伏した。石食いは群れると聞いていたが、あそこまでどっとやってくるとは、思いもしなかったのである。
「やれやれ、あれじゃあちょっとやり方を考えなきゃいけないね」
「そもそもどうやって退治するつもりだったんです?」
「餌につられて群がってきたところを、あんたの魔法で一網打尽、ってのを繰り返そうかとね」
「成程……って、あの調子じゃ崩落しかねねえな」
「崩落、崩落ね……いっそみんなまとめて押しつぶされちまえば楽なんだけど」
とにかくいったん休憩しようと、ピオーチョは小型の炉のようなものに火をおこし、薬缶を火にかけた。この炉は火精晶なる魔法の石が使われているらしい。
「ちょいと高いが、あたしら職人の手にかかりゃ簡単に作れるからね」
「へえ、じゃあ仕事が終わったら、俺達にも一つ作ってもらえます?」
「出来高制だよ」
「うへぇ」
薬缶で甘茶が濃いめに煮出され、各人に金属のマグカップが寄越された。といっても、ミノの分はない。
「……というか、飲めんのか、そもそも」
『自分達、普通の飲食とは相性が悪いのでお気になさらずであります』
「ふん、石食い石に飲ませる茶はないよ」
『囀石であります!』
坑道を出てもピオーチョとミノの険悪さはほぐれもしないようで、紙月もこれには参った。
「なあミノ、廃鉱山にはお前の仲間はどれくらいいるんだ?」
『現状、この廃鉱山内には、この自分を合わせて三十二の自分達がいるであります』
「結構いるな」
『でも自分達は何分石でできているだけあって石食いとの相性が悪いのであります』
「そりゃ食ってくれって言ってるようなもんだしな……」
しかし、三十二というのは結構な数である。それもこの廃鉱山を棲み処にしているということは、素人の紙月たちがピオーチョの案内について行くより、よほど自由自在に動き回れることは間違いない。
「なあ、ピオーチョさん」
「嫌なもんは嫌だよ」
「そうは言ったってなあ……なあ、どうしてそんなに嫌がるんです」
「どうして? どうしてだって?」
ふん、とピオーチョは疲れとも苛立ちともとれぬ溜息を吐いて、それからゆっくりと甘茶を啜り始めた。
ピオーチョはこのミノの町で生まれ育った生粋のミノっ子だという。
やがて終わりが来るにしても、自分が死ぬ時までは精々このミノの町に尽くしたい。そう思って、土蜘蛛として職人仕事に明け暮れ、また若さのままに冒険屋としての仕事も始めた。
そのどちらともをまさかこの年になるまで続けるとは思わなかったけれどね、とピオーチョは笑った。
毎日のように山から掘り出されてくる鉱石やクズ石、精錬される金や銀、鉄、鉱山というのは土蜘蛛にとって正しく宝箱だ。ピオーチョは直接山に潜りはしなかったけれど、それでも掘り出し物には目をかけ、丁寧な仕事ぶりも徐々に評価され始めていた。
まだ十代の若造であるピオーチョは、それでも周囲の職人たちの仕事をよく学び、よく取り入れ、成人したてとしては随分取り上げてもらったものだという。
そのピオーチョが十六の頃である。
ピオーチョは一人の囀石とたまたま知り合って、親交を深めていた。
囀石というのは何も廃鉱山にばかり住み着くものではない、現役の鉱山ともなれば積極的に自分達を売り込んで鉱夫として潜ったし、ちょいとつまみ食いはするが、その働きぶりは土蜘蛛と比較してもまだ優れているほどだった。
その囀石と仲が良くなったのは何も真っ当な理由からではなかった。たまたま山を覗きに行ったときに、ちょうどつまみ食いしようとしているところを発見してしまい、黙っている代わりにたまに鉱石を融通してもらうという、いわば共犯として二人の仲は始まったのであった。
勿論、その程度のことは子供たちの戯れとして、大人たちはとっくに気付いていただろう。その上で景気の好さから見逃されていたのだ。それでもピオーチョにとっては、それは胸が沸き立つようにドキドキする、特別な関係だった。
大人たちに黙って悪いことをしているんだという刺激に、囀石という特別変わった友人! 思春期のピオーチョにこれ以上に面白いことはなかった。
ピオーチョは囀石から多くのことを学んだ。石の見分け方、炉の火の操り方、異なる金属同士を合わせた合金の比率。若いピオーチョにとって、囀石は教師であり、友であり、もはや姉妹と言ってよかった。
だからある日のこと、ピオーチョは小遣いをはたいて買った大振りの紅玉を囀石にプレゼントしたのだという。
「だというのに、あいつは……!」
囀石はプレゼントを喜び、そして食べてしまったのだという。
「うわぁ」
「うわぁ」
「土蜘蛛が宝石を渡すってことの意味が分かってないんだよ!」
細工の得意な土蜘蛛が、細工を施していない宝石を捧げるということは、これから細工を施していくように、末永く善き付き合いをしていきましょうねというそう言う長い親交を願ってのことなのだという。偏屈で頑固な土蜘蛛が友情に捧げるものとしてこれ以上のものはないのである。
『え、えーと、自分達も土蜘蛛の習慣に詳しいわけではないので、』
「だからってもらったもん食うか!? その場で!? 宝石狂いの土蜘蛛が、宝石を渡してんだぞ!?」
『あうあう』
その瞬間、二人の間の友情は盛大に亀裂が走ったどころではなく完全に崩壊して喧嘩別れになったという。
「あれ以来、あたしは囀石なんて生き物を信用してないんだ。隣人だなんだって言って、結局は価値観が違い過ぎるのさ。まだ石食いどもの方が近いんだろうね」
これには二人もフォローのしようがなかった。
用語解説
・甘茶(dolĉa teo)
甘みの強い植物性の花草茶。
同じ名称ではあるが何種類かの甘茶が存在し、帝国全土で広く飲まれる。