前回のあらすじ
枯れ果てた鉱山に出没する石食い(シュトノマンジャント)の正体とは。
一行はその謎を追って坑道へと向かった。





石食い(シュトノマンジャント)?」
「そうさ。いま鉱山に出ている魔獣連中のことさね」

 石食い(シュトノマンジャント)というのは文字通り、石を食う大きなネズミのような魔獣であるらしい。小さいうちは邪魔くさいですむが、大きくなってくると人の腰ほどにも達し、何より体表を鉱石質の頑丈な鱗で覆われるらしく、簡単には討伐できない面倒な相手になるらしい。

 人間と違って文句も言わずひたすら石を食っては体内で精錬してくれるわけだから、これを養殖して鉱山掘りに使えないだろうかと模索したものもいたことがあったらしいが、十分な量の鉱石が採れるほどに育った石食い(シュトノマンジャント)は生半の冒険屋が敵う相手ではなく、結局採算が取れないということで諦められてきたそうだ。

「あいつらが出るようになってからは、あたしらも迂闊に坑道に入れなくなってね」
「そんなに強いんですか?」
「あたしなら、一対一ならそう苦労はしないさ。でも考えてごらんよ。石を餌にするような連中だ。こっちがどんなに武装してもがりがりとやられちまうんじゃ、じり貧もいいとこだね」

 石食い(シュトノマンジャント)の厄介な所は、その単体の強さよりも、武器や防具の破損が怖いということらしい。それに何より群れをつくるから切りがないのだという。

「一応領主様にも報告はしたんだけどね、何しろとっくに閉山した鉱山だし、石食い(シュトノマンジャント)は石しか食べない、つまり外に出てこないから、優先度が低いみたいでね」

 極端な話、放っておいても害はないのだから、領主としては人員を裂く必要などないのである。困っているのは趣味人の職人たちだけとなればなおさらだ。

「わたしらもまあ、趣味の範疇だから強くは言えないし、かといって自衛してっていうにはちょいと相手が手ごわすぎてね。もう諦めようかって思ってたんだが、そこに今回の依頼さ」

 それこそ山のように眠っているクズ石が金になるというのもあったが、なにより魔獣退治も依頼に含まれているというのが気に入ったのだという。そしてさっそく組合に応援の依頼を出したところ、その名も高い森の魔女と盾の騎士が釣れたというのだから、これは望外というほかない。

「あんたら、地竜をサクッと伸しちまったんだって? 聞いてるよ」
「いや、そこまで簡単ではなかったんですけど」
「冒険屋にしちゃ素直な奴だね。まあ、でもいいんだ。それなりに使えるってのがわかりゃあね」

 ピオーチョに言わせれば、一度発生した石食い(シュトノマンジャント)を根こそぎにするにはしっかりとした準備がいるらしく、さすがにこの三人で全て片が付くとは思ってはいないらしい。

「それでもある程度倒せりゃちっとは安全になるし、憂さも晴らせるってわけよ」
「成程」

 やがて馬車は目的の鉱山へとたどり着き、その後は歩きで坑道へと向かうことになった。

「昔は五本の主坑道があって、それぞれに入り口があったんだけどね。いまは危ないんで、一番坑道以外は塞いじまってる」
「塞いでる?」
「魔術師が爆破して埋め立てたよ。子供が忍び込んで怪我する事件があったんでね」

 それでも一本は坑道を残したのは、やはり、未練という他にないとピオーチョは笑った。

 やがて見えた坑道は、人が何人もすれ違って歩けるような大きな立派なものだった。支えの梁も立派なもので、いまも全くこゆるぎもしない。

「まあ立派なのは入り口だけで、潜りゃもうちっと貧相なもんだがね」

 あんたら鉱山に潜ったことは、と聞かれて、二人は首を横に振った。

「だろうね。じゃあ、潜る前にいくらか装備を整えなくちゃね」
「装備?」
「安心おし、持ってきてやったから」

 そういってピオーチョが寄越したのは、エメラルドのような緑色の宝石が閉じ込められた、鳥かごのような形のペンダントトップだった。これまた土蜘蛛(ロンガクルルロ)の職人の手によるものらしく、鉱夫が使うものにしては随分と高級そうな細工である。

「山ン中に潜るとね、あたしら土蜘蛛(ロンガクルルロ)は山の神様の加護があるから縁がないんだけど、他の種族は息が詰まって死んじまうんだ。だろ?」
「ああ、確かにそうですね。あんまり深く潜ると、酸素がなくなっちまうんだっけ」
「で、こいつは《金糸雀の息吹》ってぇちょっとした魔道具でね。こいつを身に着けていると息が詰まらなくなるのさ。種の風精晶(ヴェントクリスタロ)が持つ限りはね」

 中の緑色の石が風精晶(ヴェントクリスタロ)というらしい。聞けば風の精霊のこもった石で、そう言った精霊のこもった石を総称して精霊晶(フェオクリステロ)というそうだった。
 旅をする冒険屋ともなれば、呼び水を注ぐと綺麗な水を吐きだす水精晶(アクヴォクリスタロ)や、火種となる火精晶(ファヰロクリスタロ)は持ち歩いているものだと言われたが、何しろそのあたりで困ったことがない二人であるから、初耳であった。

「この石はどれくらい持つんですか?」
「そうさね、こいつはあたしお手製だからね。普通にしてりゃ一日は持つ。激しく運動したら、もう少し短くなるね」
「少なくとも一回潜る分には問題なさそうですね」

 それから次に、ピオーチョは腰の《自在蔵(ポスタープロ)》からランタンを取り出した。

「手が一本塞がるから好きじゃないんだけどね、あたしら土蜘蛛(ロンガクルルロ)はともかく、あんたら暗闇じゃ見えないだろう」
「あ、俺暗視持ちです」
「なに? 人族じゃないのかい?」
「ハイエルフって言うんです」
「聞かないねえ。まあいいや、そっちの鎧、ミライは?」
「ぼくも暗視装備あるんで大丈夫です」
「便利な奴らだよ。まあ、邪魔がなくっていいや」

 ピオーチョは少し安堵したようにランタンをしまった。坑道に慣れたピオーチョと言えど、手が一本減るのは嫌だったらしい。四本もあるのだから一本位と思うのは、種族が違うからだろうか。

「じゃあ取り敢えずの準備は整った。あとは潜ってからおいおい話そうかね」





用語解説

・《金糸雀の息吹》
 風精晶(ヴェントクリスタロ)を利用した魔道具。これを装備していると、空気が少ない、またはない環境でも息が詰まらなくなる。ただし水中のように、水が呼吸器官に入ってくるような事態を防ぐことはできない。

風精晶(ヴェントクリスタロ)(vento-kristalo)
 風の精霊が宿っている、または結晶化したとされる石。刺激を与えると風を起こしたり、新鮮な空気を生んだりする。その産地によって風の質が違うようだ。

精霊晶(フェオクリステロ)(feo-kristalo)
 水精晶(アクヴォクリスタロ)火精晶(ファヰロクリスタロ)風精晶(ヴェントクリスタロ)などの、精霊の宿った石の総称。

水精晶(アクヴォクリスタロ)(akvo-kristalo)
 水の精霊が宿った結晶、とされる。見た目は青く透き通った水晶のようなもので、呼び水を与えるとその大きさや品質に従って水を生み出す。川辺など水の精霊が活発な所でよく生成されるが、道具として使用できるサイズ、品質のものはちょっとレア。ものによって生み出す水の味や成分も異なるようで、こだわる人は産地にもこだわるとか。

火精晶(ファヰロクリスタロ)(fajro-kristalo)
 火の精の宿る橙色や赤色の結晶。暖炉や火山付近などで見つかる。
 可燃物を与えると普通の火よりも長時間、または強く燃える。
 希少な光精晶(ルーモクリステロ)(lumo-krisutalo)の代わりに民間では広く照明器具の燈心に用いられている。