前回のあらすじ
ひと騒動あったものの、実力は認められた二人だった。





「地竜出現の報があったのはこちらか」

 冒険屋組合から早馬でやってきた二人組に、《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》の一同はざわめいた。
 一人はいかにも冒険屋と言った、革鎧に剣を帯びた男で、荒くればかりの冒険屋事務所と比べるといささか小柄だったが、まるで意にも解さぬ芯の部分の強さが感じられた。
 そしてまた一人は金属の鎧にすっぽりと身を包んだ男で、領地の紋が刻まれているあたり、相当な位にある騎士と思われた。

 事務所の面々が驚いたのはこの二人の姿よりも、まず速さであった。
 伝書鷹(レテルファルコ)を送ったアドゾ本人でさえ、遣いが来るのは明日か明後日、あるいは手紙での確認が来るものと思っていたのである。

「そ、そうさ。あんたらは?」
「西部冒険屋組合のニゾだ。こっちはジェンティロ」
「コローソ伯爵に剣を捧げた、組合付きの騎士ジェンティロだ。よろしく頼む」

 組合付きの騎士!
 この世界の初心者である紙月と未来はともかく、歴戦の冒険屋たちはどよめいた。
 普通、冒険屋組合というものは冒険屋だけでできている。冒険屋の組合なのだから当然のことではあるが、しかし冒険屋というものは無視できない武力集団である。そのため一定以上の大きさの組合、例えば西部冒険屋組合と言った大組合には、監査のためと、そして万が一の為に相互互助を目的として騎士が在籍している。
 普通こう言った騎士はあくまでも名目上在籍しているだけであり、この騎士が出張ってくるというのは生半のことではない。

「まず幼体を討伐したというが、まことか」

 ジェンティロが冷たい声で訪ねる一方で、ニゾが素早く地竜の首に目を付けた。

「どうやら本当のようだぜ」
「検分を」
「あいよ」

 事務所の連中のことなどまるで気にもかけず、この二人組はずかずかと上がり込むや早速首を検めた。
 一抱え以上もある巨大な首を前に騎士ジェンティロは黙して腕を組み、冒険屋ニゾは顔色一つ変えず素早く改めた。

「奇妙な死体だ」
「何がだ」
「衰弱しているが、真新しい」
「吸精術か」
「恐らく」

 ニゾはすっくと立ちあがると、一同をぐるりと見まわして、それからすぐにずかずかと紙月に歩み寄った。
 ジェンティロがそれにすぐに続き、尋ねた。

「お前か」
「へっ」
「お前だな、地竜をやったとかいう冒険屋は」
「そ、そうです。なんでわかっ」
「様子はどうだった」
「え」
「地竜の様子だ。健康だったか。暴れていたか」
「えーと」
「待て、待て、旦那」
「やってしまったか」
「やっちまってる。もうすこーし落ち着け」
「うむ。で、どうだ」

 どうだ、と早口に聞かれて、紙月は思い出せる限りいちいちを答えた。

「健康ではあった。豚鬼(オルコ)をばりばり食ってた」
「暴れてはいたか」
「いや、やたらめったら暴れた様子はない」
「どうやって倒した」
「えーと、それは」
「企業秘密だとは思うが、ちょいとおっさんたちにだけでもいいから教えてくれ」

 ニゾが奇妙な銀の鈴を鳴らして見せた。途端に、周囲のざわめきが聞こえなくなる。恐らく、そのような魔法の道具なのだろう。

「寄生木を操る魔法がある。それを山とかけてやって、吸い殺した」
「どうやって押さえ込んだ」
「相方がやった」
「ぼくです。ぼくが、盾の結界を張れますので、それで」
「盾の結界? 魔法か」
「一応」
「ふむ。幼体とはいえ、地竜を押さえ込むか」
「で、ブレスが来て」
「ブレス? ブレスとはなんだ」
「えっと、こう、がおーって」
咆哮(ムジャード)のことだな。耐えたのか?」
「かなり衰弱してましたから、なんとか」
「ふーむ。それで」
「それで、相手は衰弱死しました」

 何度か質問があったが、おおむねこのように話はまとまった。

「その寄生木の魔法というものは、見せられるか」
「かける相手がいないと」
「私にかけてみてくれ」
「ええっ」
「大丈夫だ。この旦那は地竜相手の専門家なんだ」

 その理屈でいえば怪獣の専門家は怪獣とタイマンできることになるのだが、と思いながらも、しかし、この世界のベテランの冒険屋の実力を試す機会でもある。
 紙月は一応《回復(ヒール)》の準備をしながら、気持ち弱めでと念じながらショートカットキーを押した。
 すると紙月の指先からふわりと緑色のふわふわが出てくる。

「まて、呪文はどうした?」
「えっ?」
「無詠唱でできるのか」
「ええ、まあ」
「まあいい。それで、これがか」
「はい、これを、どこがいいかな、指先にでも」
「むっ」

 騎士ジェンティロの指先に振れたふわふわは、すぐに中から鋭い根を伸ばし、甲冑の隙間から突き刺さった。

「ほう……ふむ」
「どうだ、旦那」
「拍動するように、私の血を吸っているな。何秒ほど持つ?」
「一秒間隔で十回吸うから、十秒ってとこです」
「これを何度見舞ったのか」
「えーと、三十六かけるの、」
「待て、なんと?」
「三十六かける」
「一度に三十六かけられるのか」
「はい」

 さしもの騎士ジェンティロも頭痛を抑えきれない顔をし始めたが、それでもなんとか堪えた。

「それで都合何度かけたのだ」
「三十六かけるの五十くらいだったかな」
「せ、千八百だと」
「そのくらいですかね」
「う、うむ、いや、地竜相手なのだから、その位は必要なのだろうが、うーむ」
「この堅物をそこまで悩ませるのはあんたが初めてかもしんねえな」
「止めろニゾ、御婦人に要らぬ口をきくな」
「あ、男です、俺」
「…………なに」

 騎士ジェンティロの、その日一番驚いた顔だった。
 ニゾは少し驚いたようだったが、むしろ相方の驚き具合に笑っている。

 ともあれ、二人組は検分を終えたようだった。
 紙月が《回復(ヒール)》をかけるとまた驚いたが、驚きはもう飽和気味のようだった。

「この首が地竜のものであることは確かである。またつい先ごろ討ち取られたのも間違いなさそうだ」

 事務所の一同の中にわずかに残っていた疑念もこれで払われ、おお、とどよめきが上がった。

 騎士ジェンティロと冒険屋ニゾは、組合からすぐにも人員が来るが、とにかく急ぎであるから事務所の人間を徴募したいと告げた。一大事であるから、断るようなことがあれば組合から軽い処罰は覚悟するようにと告げられたが、このようなお祭り騒ぎにのらぬ冒険屋は、《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》にはいなかった。
 まして、特別報酬が組合の名に確約されれば、断るはずもなかった。

 その晩のうちに一行は森の現場へとたどり着き、改めて地竜の巨大さにわなないた。そしてその破壊された森の奥、その先に突き進むこと一週間ほどで、未確認の地竜のものと思われる産卵の跡が発見された。つまり、二つの孵化した卵の殻と、一つのまだ割れていない卵とが見つかった。これは大きな発見だった。
 騎士ニゾはすぐに孵化したもう一体の地竜の針路を確認し、騎士ジェンティロは法術をもって残された卵を封印し、研究のため帝都へと送ることになった。

「しかしこれって、こんな卵から、はやけりゃ一週間であんな大きさになるまで育つってことですか?」
「かもしれんし、孵ってすぐはそこまで動かないものなのかもしれん。まだわからんことが多いのだ」

 手早く作業を終えて仕事を片付けていく冒険屋ニゾと異なり、騎士ジェンティロは研究肌のようで、じっくりと現場を検分していた。

「地竜、お好きなんですか?」
「好きというわけでは……いや、好きなのかもしれんな。危険ではあるし、面倒ではあるが、力強い生き物だと思う」

 男の子が怪獣を好むのと同じなのだと思う、と紙月と未来はこの堅物の騎士になんだか妙なシンパシーを覚えるのだった。

「この卵は帝都に送ることになるが、もう一体はどうしたものかな。まだ小さいうちであれば、退治するか、可能であれば捕獲したいところだが」
「捕まえられるんですか?」
「現状、実例はない。しかし辺境領では飛竜を飼いならした実例があると聞くからな。あれは卵からだが」
「成程、浪漫がありますね」
「浪漫……うむ。良い響きだ。その折には、頼むぞ、シヅキ、ミライ」
「えっ」

 首を傾げた二人に、騎士ジェンティロの方が訝しげにして見せた。

「地竜殺しの実績をもつ冒険屋だ。盾の騎士と魔女よ。頼らぬわけがあるまい」

 冒険屋。
 その言葉は、この世界に迎え入れられたような、不思議な響きをもって二人の胸に去来するのだった。





用語解説

・西部冒険屋組合
 冒険屋の組合は、町単位のものから順に大きくなっていくのだが、そのうち帝国を東西南北中央辺境の六つに分けたものの一つが西部冒険屋組合である。
 《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)冒険屋事務所》も大きく言えばここに属する。
 領地をまたいだ非常に大きな組織であり、此処の直属ということはかなりの実力者か権力者である。

・ニゾ(Nizo)
 西部冒険屋組合直属の冒険屋。四十台の狼の獣人(ナワル)男性。
 相棒の騎士ジェンティロと組んで、地竜を専門にして活動している。
 レベルにして七十前後。地竜も幼体ならばなんとか対処可能なレベル。

・ジェンティロ(Ĝentilo)
 西部冒険屋組合付きの騎士。三十台の人族男性。
 西部の筆頭領主であるコローソ(Koloso)伯に剣を捧げている。
 レベルにして六十五程度。実力もあるが、それ以上に地竜に関する知識に富んでいる。

・奇妙な銀の鈴
 正式名称《静かの銀鈴》。これを振ると、一定時間一定範囲内の音を外部に漏らさない結界が鈴を中心に発生する。人間の手で作れる範囲内の魔道具であるが、相当高い。

咆哮(ムジャード)
 竜種が用いる攻撃方法の一つ。大量の魔力を風精などに乗せて吐き出す攻撃で、竜種が持つ最も威力の高い攻撃手段である。

・呪文
 普通、魔術師は小声であれ、呪文を詠唱する。
 呪文に定型はないが、自分に、そして精霊に言い聞かせるのに必要とされるからだ。
 無詠唱は一段高い技術が必要とされ、本職の魔術師でもなかなか見ない高等技術である。