次の日も朝から昨日と同じように友達に揶揄われる。"まだ続くのか"と思いながら静かにため息を吐く。
それに今日の体育が持久走だったことを思い出し、朝からうんざりする。スポーツは好きだが、走ることだけはどうしても小さい頃から苦手。
あっという間に4時間目の体育の時間になってしまった。着替えを手短に済ませ優と一緒にグラウンドに向かうが足取りが重い。
「空人、元気ないな」
なぜか嬉しそうな優。
「だってさ、持久走って走るだけで疲れるしきついじゃん」
「まーな。でも俺ら1年は部活で走らされてるわけだし、意外と走れるかもよ」
どこの部活も1年生は体力作りらしい。優とそんな話をしていると、女子が着替えを終えグラウンドに集まってきた。
普段は男女で体育が別々なので男子が活気付いているのが感じられる。それに、男子が少し騒ついている気がする。
「おい、見ろよ」
「うわ、やば。可愛すぎる!」
所々から上がる男子たちの声。視線の先にいたのは怜奈だった。長い黒い髪をいつもは降ろしているのに今はポニーテールにしている。男子はこの髪型が好きな人が多い。元々怜奈は可愛いと学年でも有名なので髪型を変えた破壊力は抜群に違いない。
彼女も視線に気付いたのだろうか。周りを見渡し始め、空人と目が合う。
「持久走頑張ろうね!」
一瞬にして男子の視線がこちらに集まる。心なしかその視線が痛い。あまりの威圧感に手を挙げて返事をすることしかできない。
意気地なし...

「よーし、男子集合。先に男子から走るぞ」
体育教師の声が聞こえてくる。どうやら男子が先に走り、女子は見学みたいだ。
「よーい、始め」
その声と同時に男子が走り始める。張り切って先頭を走る者、怠そうにゆっくりを走る者と様々。
走るのは怠かったが、結局部活と同じペースで走り結果は男子42人中4位と割と好順位だった。
走り終えて息を整えるために歩いていると、怜奈がこちらに走ってるのが見える。
「空人!すごいじゃん。4位って!」
「そうかな?いつものペースで走ったつもりだったんだけどね」
褒められるとは思っていなかったので少し照れくさい。遠くで先生が『女子集合!』と声がけをしている。
「女子の番じゃない?怜奈も頑張れ!」
「絶対空人を超えてみせるよ」
そう笑顔で言い残し彼女は行ってしまった。先生の声に合わせるかのように女子たちがスタートし始める。自然と先頭に目がつられる。思っていた通り先頭は怜奈だ。2位の子と圧倒的な差をつけて余裕のゴールだった。
見ていた男子たちはもちろんのこと、走っている女子までもが彼女の虜になっていたのは様子だけで感じ取れた。
さっきまで走っていたはずなのにそのまま走って向かってくる彼女。
「私の走り見てた?1位だから私の勝ち!」
「見てたよ。あんなに速いとは思わなかったけど」
「あれでも少しみんなと合わせたはずなんだけどなー」
" あれで手を抜いていたのか"衝撃的すぎて言葉が出ない。次元が違いすぎる...

「おーい、空人。授業各自解散でみんな教室に戻って行っちゃったよ」
周りを見渡すと本当に怜奈しかいない。
「ごめん、待っててくれたの?」
「彼氏を置いていけないからね。あのさ、せっかくだから次昼休みだからゆっくり戻らない?」
疑問に思いつつも2人でゆっくり校舎へ向かう。沈黙が続く。普段なら彼女から話しかけてくるのだが、今はとてつもなく真剣な顔をしている彼女。
話しかけようとした瞬間手に温かな熱が伝わる。
"これってもしかして、手を繋いでる!"緊張で言葉も出ないし怜奈の顔もまともに見れない。
怜奈から手を繋いでくるなんて...
「もう少しこのままで居させて」
「う、うん」
頷くことしかできない。互いに無言のまま手を繋いで昇降口までなんとか辿り着く。昇降口に着くと2人してすぐに手を離す。
こんな姿を誰かに見られるわけにはいかない。
「ま、また繋いでくれると嬉しいな」
真っ赤な顔をして離す彼女はなんとも愛おしい。
「も、もちろん。今度は緊張しないように頑張るよ」
側から見れば初々しいかもしれないが、今はまだこれでいいのかもしれない。
「さ、先に戻ってるね」
ものすごい速さで戻ってしまう彼女。嬉しい気持ちで心が満たされる反面、この時の空人はある不安を心に抱いていた。
もしかしたら彼女はそれを感じ取って手を繋いできたのかもしれない。