今日で怜奈と付き合って1週間が過ぎた。この1週間の間に無事初デートを終え、県で1番大きい水族館に行くこともできた。
楽しかった...けど空人の頭の中は不安でいっぱいになっていた。この先も怜奈と付き合っていけるのか。
1週間怜奈と付き合ってみて分かったことがある。彼女は自分とでは釣り合わないということ。
手を繋いだ日からほぼ毎日どこでも手を繋いでいたが、どこへ行っても"あの子めっちゃ可愛いけど、隣の男はパッとしないな"なんて心ない言葉を何回も聞かされ続けた。始めは気にもならなかった。でも何回も言われると流石に堪える。
それから徐々に周りの目を気にするようになってしまい、心が壊れかけていた。
『メンタルが弱い』と言われればそうかもしれない。でも、この時は限界だった。
今日は朝から彼女に別れを告げようと決めていた。彼女のためを思って別れる...そんなのは戯言。ただ自分がこれ以上傷つかないように逃げるための口実。本当に情けない。

授業は頭に全く入らず流れるように時間が過ぎ放課後になる。偶然にも今日は互いに部活がオフの日。
「怜奈、一緒に帰らない?」
「うん!」
満面の笑みで返事をする彼女を見て心苦しくなる。教室から駐輪場まで2人で並んで歩く。友達に何か言われた気がしたがそれどころではなかった。頭の中は『別れる』という単語でごちゃごちゃ。
「今日体調悪いの?」
「な、なんで?」
「なんか今日1日ずっと上の空だったから」
「たぶん気のせいだよ」
「そうかなー。いつもと違う気がするけど」
危うくバレるところだった。まさか、別れを告げられるとは思っていないはず。きっと...
駐輪場に着き自転車に乗って2人並んで走る。風が体をすり抜けていくが全然心地よくない。むしろ不快。
「今日さ、いつもより早いから公園にでも寄らない?」
「いいよ。寄り道しよっか!」
はしゃぐ彼女を横目にどんどん苦しくなっていく。本当にこれでいいのか...

近くの公園に着きベンチに2人で座る。
「何か飲み物いる?近くの自販機で買ってくるけど」
「なら、コーラがいいな」
少し落ち着くため1人になりたかった。怜奈の顔を見るたびに心が揺らいでしまう自分がいる。
自販機に辿り着きボタンを押す。"ガタン"その音を聞いた瞬間心に区切りがついた。
コーラと水を持ちベンチに向かう。本当ならコーラを頬にくっつけて驚かせたいができるわけがない。
今から『別れ』を告げるのだから...
「これでいい?」
「ありがとう!いくらだった?」
「いいよ。ジュースくらい」
「今度何かご馳走するね」
今度...その言葉が重くのしかかる。それは訪れることのない日だから。
"プシュ!"コーラを開ける音が静かな公園に響く。隣で美味しそうにコーラを飲む彼女。
彼女のことは大好きだ...でも自分では。覚悟を決め膝の上でグッと手を握りしめる。

「怜奈。俺さ他に好きな人ができたから別れてほしい」
嘘はつきたくなかったが、こうでも言わないと彼女は諦めてくれないはず。
返事がない。隣を見て目に映ったのは、驚きではなく始めから知っていたかのような表情の彼女。
「そっか。他に好きな子できたんだね・・・ハンカチいる?」
「なんでハンカチ?」
受け取るが彼女の言葉の意味が理解できない。
「だって空人・・・」
冷たい何かが頬を伝う。今日の天気は晴れ。
「え、俺・・・」
「一雫だけこぼれ落ちたよ」
頬に触れると指が少し濡れる。そっと彼女のハンカチで目元を抑える。
「ごめんね。空人には1週間迷惑かけちゃったよね」
彼女は嘘に気づいているのか。流石に嘘がバレるのはかっこ悪い。彼女を傷つけてしまうけど、もう言うしか...
「俺、本当は怜奈のこと好きじゃ・・・」
最後まで言いかけたところで遮られる。甘い。ほんのりだけどコーラの香りが唇からする。
「えへへ、初めてしちゃった」
口をパクパクするだけで声が出てこない。
「初めては初恋の人としたかったから、我慢できなかったや」
「わ、別れ話の時にするかよ普通!」
「だって本気で好きだし・・・しない後悔よりする後悔の方が絶対いいからさ」
そんなことされたら、君を失いたくなくなるよ。口には出さず心で閉じ込めておく。

「私ね、この先もたぶん簡単に空人のことを忘れることなんてできないと思う。本当は別れたくないし、全力で引き止めたいよ。でも、空人も悩んで出した答えなんでしょ?」
彼女は全てを見透かしたかのようにこちらを見つめている。母と彼女には勝てないや。
「うん」
「私は空人の意見を尊重するよ」
薄暗くてはっきりは見えないが彼女の目から涙が溢れている気がする。
「本当にごめん。俺も怜奈のこと好きだけど、どうしても周りの声が・・・」
「やめて!それ以上言わないで。空人は優しくてかっこいいんだよ。だから好きになったの!空人のせいじゃない。自分を悪く言わないであげて、誰がなんと言おうと空人は空人でしょ!」
彼女の言葉が頭の中で木霊する。"そうだよな。人は人で俺は俺だよな"簡単なことに気付けなかった自分。
「ねぇ、空人。私この1週間本当に幸せだったよ。毎日学校に行くのが楽しみで、空人を見るだけで気分が上がってたの。でもこの気持ちも今日でおしまいにする。初恋の人を苦しませたくないし、何より笑顔を奪いたくないからね。私を好きになってくれてありがとう。さよなら・・・」
「れ、怜奈・・・」
走り去っていく姿をただ眺めることしかできない。彼女は泣いていた。彼女は最後まで励まそうとしていたのに、自分は何もしてあげられなかった。
1人ベンチに取り残され下を向く、乾いた地面には何かで濡れた跡だけが残り続けていた。