人は、どうして失って初めて大切だったということに気づくのだろうか。
失ってからではもう手遅れなのに…
恋は幸せをもたらすが、同時に大切な何かを奪い去っていく。
あの頃大好きで大切だった君。恋人同士の時は誰よりも近い存在なのに、別れてしまうと他人よりも遠い存在へと変わり果ててしまう。
あぁ、恋はなんとも残酷だ。

窓の隙間からひとひらの桜の花びらが春の風と共に机の上に舞い降りた。
教室の中は、ガヤガヤと話し声が飛び交っている。
聞こえてくる言葉のほとんどが緊張混じりの『よろしく』という4文字。
今日は待ちに待った入学式当日。
昨日は入学式が楽しみすぎてなかなか寝付けなかった。
中学の同級生も同じクラスに何人かいるが少し席が離れているため、新しい友達を作るしか話す相手がいない。

"これは、まさか最初からぼっちパターンか"
と心の中で焦っていると前から声が…
「おーい、聞こえてる?俺、佐藤優(さとうゆう)!よろしくな!」
まさか話しかけられるなんて思ってもいなかった。一瞬思考回路がフリーズする。
「おい、大丈夫か?お前の名前は?」
「あ、鈴木空人(すずきそらと)!こちらこそよろしく」
「おう!どこ中だった?俺は南中」
優は最初からガツガツ来るタイプらしい。話しかけて欲しかったので正直嬉しい。
「俺は東中だったよ。意外と近いじゃん」
少しずつ緊張が和らいでいく。

「部活はもう何にするか決まってる?」
とりあえず1番部活のことが会話になりそうだったので聞くことにした。
「あー、中学までは野球してたんだけどさ飽きたから別のスポーツしようと思ってるところ。空人は?」
「やっぱり、中学から続けてるテニスかな」
「もう決まってんだな。早いわー」
これでも一応中学の頃は部内で1番上手く部長も務めていたが、目標にしていた県大会出場はあと1歩届かなかった。あの時は、"1日中泣いたなぁ"と思い返す。
「てかさ、この後の自己紹介だるくね?」
「わかる。しなくてもいいのにな」

"ガラガラ"ドアが開き30代くらいの男性が教室に入ってくる。
「えー、今日からこのクラスの担任になった長内秋(おさないあき)です。長内先生って呼んでくれ!」
少しクラスの女子たちがざわつき始める。
間違いない。男の自分からしてもこの先生はイケメンだとわかる。
先生は前までは別の仕事をしていたらしく教師となるのは今年が初めて。つまり、先生もこのクラスのみんなと同じスタートラインに立っているということ。
実は、結婚もしているみたいで、女子たちは少しがっかりしていた。狙っていたのだろうか。

「えー、この後は1人1人顔を覚えてもらうために教卓の所まで来て自己紹介をしてもらいます」
当然みんなの様子が変わる。誰1人として教卓で自己紹介をするとは思ってもいなかったのだろう。
しかし、決まったことなので腹を括るしかない。
出席番号が早い人からどんどんと自己紹介を始めている。
自己紹介は苦手ではないけど、緊張して早口になってしまうことが昔からよくあった。
そんなことを考えながら教卓に目を向けると、そこにはすでに優の姿が。

「佐藤優です。中学は南中で・・・」
"あんなにだるそうにしていたのにすごい堂々としてるな"と思っていると次は自分の番だと慌てて気づく。
「はい、次ー」
先生がこちらを見ている。
緊張しながらも立ち上がり一歩一歩教卓へと足を進め、教卓の後ろに立ち目を開けるとみんなの様子がはっきりと見える。
話を聞こうと真剣にみてくる人、興味なさそうに外の景色を眺めている人、緊張して下を向いている人と様々。

「えっと、鈴木空人です」
自分の声が教室中に響き渡る感じがする。
「中学は東中で今年の目標は、コンタクトを上手く付けられるようになることです!」
高校からコンタクトデビューしたが、まだ上手く付けられないので一応目標。このことを自己紹介で話すのは昨日からもう決めていた。
話し終えた瞬間みんなの視線が自分に集まり、笑いが起きる。
少し安心したところで1つ気になることがあった。
自己紹介中1度も目を逸らすことなくずっと自分を見続けていた女子がいたこと。笑いかけることもなくただこちらを真剣に見ていた。

"なんかおかしかったかな"と思っていると、
『コンタクト頑張ってねー』という声が所々から聞こえて急に恥ずかしくなる。
そして、例の女の子の番に。
早川怜奈(はやかわれな)です。中学は・・・中で部活はテニス部に入部するつもりです」
テニスと聞いてドキッとしたが名前を聞いたこともないし、そもそも中学自体が隣の市の中学だったような。
全く関わりがないのに、どうしてあんなに見てきたのだろう…