「なんで謝る。先に手ぇ出したのは俺だぞ?」

「あの、だから……」

「まあ、すぐに浮気されんのが目に見えてるが」

「なんで! あるわけないでしょう!」

「……じゃあ気を浮つかせたら何かしてもらおうか?」

「なんでもどうぞ!」

そんなことあるかと憤慨する私を横に、流夜くんは楽しそうだった。

着いたのは城葉都市を出てすぐの――木造の家だった。

「どなたのお家?」

「いや、カフェ。『From Moon』って、ほら書いてあるだろ?」

扉に、そう書かれた看板が掲げられている。

「蒼の親戚がやってるんだ」

「それでご挨拶に?」

「そういうこと。入ったら一応身構えておけよ?」

「? うん」

なんで身構えるんだろう。

疑問に思いつつ、流夜くんの後をついてお店に足を踏み入れた。

《白》とは違って、鳴ったのは猫の鈴のようなベルではなく風鈴だった。

「いらっしゃいませー。あ、流夜久しぶりー」

カウンターの奥からかかった声。柔和な笑顔を見せる男性だった。在義父さんよりは年若いだろうか。

「はい。咲桜、霧原剣(きりはら つるぎ)さん。蒼の知り合い」

「はじめまして! 華取咲桜です!」

「はじめましてー。流夜の彼女?」

「そう。恋さんもこっちだって蒼に聞いたんだけど」

どうぞどうぞ、と剣さんはカウンターの前の席を勧めてくれる。

外に書かれていたオープン時間からまだそう経っていないからか、店内にお客さんはいなかった。

「あ、うん。レン―、お客さんー」

剣さんがカウンターの奥に声を飛ばすと、「今行くー」と返事があった。

「待たせてすまない。――っと、流夜か。それと……」

私たちを見るのは、タブリエエプロンに長い黒髪を首の後ろで束ねた、長身の――。