「だけど兄さまに甘えたいから、おんぶしてもらおうかな」

「お前なぁ」

 お湯を出すために蛇口を捻ると、那智がご満悦に寄り掛かってくる。
 何度も俺の腕を叩いて、はやく後ろを向いて、向いて、とおねだりを始めた。
 そんな弟の姿に俺はふうんと相づちを打ちつつ、今朝のことを思い出し、思い出して、意地悪く口角を持ち上げた。

「しゃーねえな。暴れるなよ」
「え? ちょ、ちょっ?!」

 素っ頓狂な声を出す那智を無視して、身を屈めた俺は那智の体を横抱きにした。

「おー軽い。軽い。那智はちっせぇから余裕だな」
「に、兄さま。お、おんぶ! おんぶがいいですってば!」
「照れるなって。俺が全身全霊を捧げて運んでやるから。お姫様」

 察しの良い那智は気づいたようだ、これは今朝の仕返しだと。

「さ、最悪です。おれにできないことで仕返しをするなんてっ! お、お姫様抱っこなんておれじゃ無理じゃないですか。おれが非力なのは知っているでしょ!」

「那智の腕は棒きれのようだしな」

「くうう、言いましたね? 退院したらマッチョになってやりますからね? なってやりますからね?! 背だって兄さまよりデカくなってやります! 覚悟してくださいよ!」

「へえへえ。顔が真っ赤だぞ、かわいいな」

 かわいいと言われた那智は、ものすごく微妙な顔を作る。

 なんだよ。冗談抜きでお前は可愛いよ。容姿どうこうの話じゃねえ。
 俺にとって那智はいつだって可愛い弟だ。俺だけを慕って、俺だけの背中を追って、俺だけを兄さまと呼ぶ、俺と血を分けたたった一人の弟。そりゃあ可愛いに決まっている。
 お姫様抱っこに対して物申し、キィキィ抗議する那智をソファーに寝かせると、その体を押し倒して最上級の仕返しを送る。

「今度は逃がさねえ。お前から振った喧嘩だ。責任持って買え」

 だってこれは、那智が、俺に振ってきた、喧嘩だもんな?

 そう言ってひとつ、ふたつ笑みを深めると、俺は弟の唇を重ねた。愛情表現を最愛の弟に送った。が、俺はすぐに体を起こして腕を組み、不満気に小さく唸る。

「那智。正直な感想を言っていいか? キスって何が良いんだ?」

「えー? 仕掛けてきた兄さまがそれを言います?」

 ソファーのうえに押し倒されたままの那智は、「ヒロインが聞いたら泣いちゃいますよ」と笑いながら指摘してきた。この時点で那智もあんまりキスに抵抗感が無い様子。
 というよりキスという行為に思うことが無いんだろう。羞恥心の「し」も見せねえ。

 他人同士がキスをする場合、鼓動が早鐘のように鳴って羞恥心や好意が湧き上がるんだろうが……兄弟同士でした俺達の感想は残念。微妙。いまいち。なるほど良さが分からん状態。