「魔人だ…」

 左半分になった赤黒い魔人、しかも…少しずつ大きくなっていく。

「まさか…再生魔術」

 切り裂いたはずの半分が新しく再生していく、さらに、先程よりひと回り巨体化。

「ブルースター、勇者たちを非難させてくれ」
「あぁ…」

「勇者様たちは逃げてくださ…」

 兄はグラジオラスと一緒にすでに逃げ出していた、女貴族だけを抱きかかえ走り出す。

「アイビー様は…」

 気絶して倒れたまま放置されている。

「俺が担ぎます」

 時間がないので、俺が何とかするしかない、このままではアイビーは……。

「eEno…bOsaoB…oSa…」
「えっ…」

 この世にはプラナリアという生物がいるらしい、
ナメクジを薄平たくしたような見た目である、そのプラナリアは体を真っ二つに斬られると…、
頭のほうや、体の方からも再生するらしい、そして……。

「nD…n…a…n…edN……an…e…dnAN!!」

 黒縄がボロボロに切り裂かれている、縛っていたはずの右側が…、
むくむくと再生していく。生えてきた触手でアイビーの体に絡ませる。

「おい、何して…」
「「グシャーッ…」」
 右手…、左足……、頭、左手…、胴……、ばらばら…、…えっ、何してんの…、えっ、あっ、頭が。

 ごろごろと転がってくる。

「ひィッ…!」
「だめだ、あの貴族はもう、クローバー様、逃げますよ!」

 ブルースターに抱えられ霧の端まで向かう、
背後では触手でアイビーの残骸を大事そうに抱えた魔人の姿…。

「あぁ…ニゲラさんは…」
「大丈夫です、あの人は…」

「助けに行かなきゃ… 」
「クローバー様…」

 静かに、諭すように吐き出す。

「大丈夫です」

 霧を抜けたが、まだスピードを落とさない、もっと遠くへ走る。
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魔人が2体に増えた、別の1体はジッとしているが、
もしも斬ってまた分裂したら……ただでさえ先程よりもパワーもスピードも高いのに…。

「陰流・十戒斬」
本体を傷つけないよう、危険な触手だけを斬り落とす。

「eEno…bOsaoB…oSabOsaoB…oSa……eEno…」
「だまれっ!」

 さらに4本の触手が生えてくる、もう一度構え受け流す、が別の方向からも追撃が来る。
 触手を二手に分けやがった、コイツ学習してる。

「あぁーーっ!!」
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 魔人から逃げて2時間がたった、兄とグラジオラスはぐったりと地面に座り込み、
小さな音にも敏感に反応し震えあがる、シレネはまだ眠っている、
ブルースターはシレネの治療をしていた。俺は……。

「あと30分様子を見たら王宮に戻りましょう、…責任は私が取ります」

 頷くでも、否定するでもない音で男2人は反応する。

「クローバー様も身支度をしておいてくださ…」

 周りをぐるりと見渡す、ぐったりとした勇者2人、後ろには寝ている治療中の勇者だけ…。

「クローバー様…」


 この世の中はもう少し平等で、幸せな事の方が多いと思っていた、思いたかった。
きっと、自分が知らないだけでずっとこんな……汚いことが続いていたのだろうか。
 魔人の境界を沿い森の中へ歩いていく、俺は昔から基本的に何でもできた、
剣術も、武芸も、学問もすべて、そんな自分を周りは囃し立て、そんな自分が大好きだった。

 しかし、今日自分が……。

 魔人がいた時よりも充満していた霧が減っている、
少なくなった霧は地面に50センチ程溜まっていた。
…謝らなくては、ニゲラに、壁役?、とんでもない、あなたこそが勇者だと…、そう…。

 戦いの場にたどり着く、もう魔人はいない、いないのに…肌がピリピリする。
ニゲラさん…、ニゲラさんは。
どこからか呻き声が聞こえる、左の木の根元に座り込んだニゲラさんがいた。
すぐに駆け寄る、息はしている、ゆっくりと目を開けこちらを見る。

「…クローバー様……」
「ニゲラさん、早く王宮に戻って手当てを…」

「クローバー様…ちょうど良かった実は頼みたいことが」

 そんなことは後でいい、…やめてくれ、下を見たくない。

「はやく治療を…」
「この時計を、ある女の子に渡してほしい」

「わかったから、それはするから…頼むから」

 生まれて初めて霧に感謝した、こんな光景を…直接見たくない。

「治療を…」

 顔からも血が出てきているがこれはまだ何とかなる、
上半身…切り裂かれたような跡とともに、下半身は、無くなっていた。

「クローバー様、私はこれが責務です、仕方なかったんです」
「…………」

 この国はいつだって平和だった、小さな戦いすら起こらないほど、完璧に見えていた。

「あの道場で話しておきたかったのですが、今しかないので伝えておきます……」

 この国には重要な仕事が2つあります、1つはこの美しい街、美しい自然、その全てを守っている…勇者様です。
すべての人から愛され、称賛され、崇められた、そんな人たちです。
そしてもう1つ、汚れ切った人、汚れ切った時代、そのすべてを背負う…奴隷兵です。
誰からも知られず、見られず、称賛されない、ただ汚れ仕事をする…それが、私たちです。
クローバー様、あなたは……。

「本物の勇者になってください」

『序章 託された勇者 完』