__夢を描けば、黒く塗りつぶされ
__希望を覗こうとすれば、突き落とされ
__愛を知ろうとすれば、殺される    

 では一体、私たちは何のために生まれてきたのか。


「おい、逆ってどういう……」
「だから言ったでしょ、私の責務は勇者たちが来る前に魔人を討伐すること、言葉のそのままの意味です」

 姿勢を低くして黒い魔人に飛び込む。

「すぐ終わらせます」
「待って!」

 勝てるはずがない、あの得体の知らない…化け物に…。
魔人の背部から2本、3本、4本、5本、うねうねと先端の鋭くとがった触手が生えてくる。

 次の瞬間……

 全ての触手が一点にニゲラの顔面に目掛け、突き出す。
 「「キッーーン!」」
 軽く剣の真ん中で受け、はらりと受け流す。
…あれは道場の時の…、低くした姿勢をさらに屈め1メートル以内に接近した。

「uRusIKeg…uOkeZan…」

 魔人の体が青い炎に包まれる、瞬く間に霧の空間を真っ青な炎へと変化、
 爆発的な勢いで空へうねり舞い上がった。

「ニゲラさん!」

 炎が小さくなっていき、視界が開ける、ニゲラの姿はどこにもない、
 魔人はよちよちと歩きこちらに近づいてくる。

「…………ッ!」
「eEno…bOsaoB…oSa……」

 剣に手を添え、抜刀の構えをする、手が、足が震えていることに今気づいた。
 …くそが…。あぁ、動かない…。

「陰流・抜刀」
「「ズバッーーー……」」

 目の前の魔人が縦に真っ二つなる、上空から何かが降り落ちてきた。
 辺りには血のような靄のような黒い物質が飛び散る。

「大丈夫ですか」
「…ははっ、ははっ…」

 やはりこの人は他の人と何か違う、目の前にはべっとりと黒い液体を浴びたニゲラが立っていた。
ほんの数分である、ほんの数分で魔人を倒してしまった、
言いたいことは山ほどあるが……。

「この魔人って」

 ニゲラが強いことは一度会った時から分かっていた、
それでも…この禍々しい生命体を倒したことに衝撃を覚える。

「何らかの方法で複数の魔術を使える化け物です、急所は人間と同じ、体に損傷を与えれば基本死ぬ」

 真っ二つになった姿を見つめながらさらに続ける。

「今回のやつは魔力が莫大なくせに弱かったので助かりました」

 魔力…、俺が肌で感じたものだろう、あんなの今までで初めての感覚だ。

「普通、訓練をしていない人は感じないほど微弱なのですが、クローバー様も感じるほど今回のは魔力量が大きかったということです」

 なるほどね……、森林に充満していた霧が薄くなっていく、これが魔人討伐、俺は…手も足も出なかった。

「それより…、クローバー様が無事で何よりです」

 俺を励まそうとするかのように、頑張った笑顔を見せた。

「いやーよくやってくれた」

 ねっとりとした拍手、その言葉に心など籠っていないのが手に取るようにわかる。
 はっと振り返ると兄上と貴族の子供たちがぞろぞろとやって来た。

「おっ、まじかよ真っ二つじゃん」
「うわっ気持ち悪い」
「…………」

 さらにその奥にはニゲラと同じ奴隷兵、ブルースターがいた、なぜか左頬が腫れている。

「よし上出来だ、さっさと王宮に持ち帰るぞ」

 玩具をもらった子供のように上機嫌な兄、
横の貴族の女ロベリア・シレネは怪訝そうに魔人の死体を見つめている。
ブルースターは背負っていた大きな袋から黒縄を取り出し、魔人本体を縛っていく。
ニゲラはその袋に黒い残骸を詰めた。


「なぁカモミールさん…」

 大商人の子供、ダリア・アイビーが謙りながら訪ねる。

「この討伐の報酬の割合って…」

 兄上は考えている風にふんっ、と顎を撫でる。

「そうだな、大体僕が3割、弟が1割、あとはアイビー、シレネ、グラジオラスで6割を山分けしてくれ」

「ははっ、流石カモミールさん」
「あっ、あと」

「この魔人を討伐したのは僕だ」

 勇者パーティーの勇者たちは高らかに笑う、そうか、
討伐前に準備なんか必要ないと言っていたのはこういうことだったのか、
じゃあ何のために昨日まで頑張ってきたのだろうか、いやそんなことはどうでもいい、
それよりも…ニゲラたちは……一体。

「勇者様!」

 ブルースターが悲鳴に近い声で呼ぶ。

「なんだ」
「片方…ありません」

「はっ?」

 ブルースターが黒縄で縛っていたのは魔人の右側部分、そして、もう片方は…。

「ない」

 森の様子が変わっていたことにようやく気付く、霧が濃くなっている。

「おい、奴隷共どうなってんだ!」

 カルミア・グラジオラスはブルースターに迫りよる。

「すみません、わからないです」
「お前、もう一発殴られたいのか」

 拳をブルースターの左頬に近づけた。

「そんなことしている場合じゃありません」

 ニゲラの声はもう誰にも届かない、肌に先ほどと同じ痛みが…、いや……。

 「「ウギャーーッ……」」
 体全身を裁縫の針で貫かれたような激痛、シレネとアイビーが気絶する。

「nD…n…a…n…edN……an…e…dnAN!!」

 先程までの理解不能な声。

「魔人だ…」