ドーム型の処刑場には、いつにも増して民衆が群がっている。
皆の視線の先、護衛官５人に銃を向けられた薄汚い男が手を後ろに縛られ膝立ちさせられている、
王の合図と共に民衆たちの歓声があがった。
「それでは、時刻になりましたので罰を執行していきます」
白い服装をした大臣が宣言をするとさっきまでの歓声が段々と静まっていき
今か今かと急かすような表情を浮かべている。
まったく…一体なにが面白くて罪人の処刑を見ているのだろうか、
罪状は勇者一行の妨害、それによる国家への謀反罪らしい。
その男も馬鹿だなぁ、大人しくしておけば命くらいは助かったものの随分無駄なことをしたものだ。
「ほら見とけクローバーこれが…」
銃声が鳴り響く。４，５発の破裂音とともに歓声が溢れかえった。
「この国に…俺たち勇者に盾突いた奴の最後だ」
「はい！兄上」
にやにやと口角を上げながら、俺の兄上は宮殿の中に入っていく。
急いで後を追いながら横目で処刑場を眺める、紅い液体が中央の石畳に広がっている、
さらに奥には……。だれだあの女、白いフードを被った男の横に自分と同い年くらい、
おそらく９歳ほどの少女が処刑台を無表情に見つめている。すこし気味が悪い。
「おい、はやく行くぞ」
「はい、すみません」
「明日にはお前も俺と同じく勇者パーティーに追加されるんだ、すぐに魔人討伐が始まる…準備しておけ」
「わかりました」
「まっ、準備なんていらないがな…」
「………？」
質問をする間もなく自分の棟に入っていった。
カモミール王国、王位継承権４位、カモミール＝クローバー…。
この名を王族内で言えば神童だ、天才だとはやし立てられ、
城下の者たちは皆にこやかに首を垂れる。
たかが剣術が幼い時から人並み以上にできればこの様子、
本当に世の中チョロいこと、別にしたくもないが将来は王族騎士になりますと宣言すれば、
父上は上機嫌、大臣たちも称賛の声を上げる。本当に馬鹿々々しい、
このままあと半年もすれば王位継承権も一つくらいは上がるだろう。
兄上の棟から外側の道を行き、剣技場に歩き出す。
行く途中、処刑場の近くを通ると先ほどまで歓声を上げていた民衆は用が済んだ途端に城下へ戻っていった。
「クズしかいねーのか」
心で呟いたはずがどういう分けか外へ飛び出していた。
明日の魔人討伐、これは後々王位継承権に関わる重要な行事だ。
いくら神童と呼ばれる俺でもある程度の稽古をつけておく必要がある。
黒と焦げ茶色の木材が交互にはめ込まれた巨大な箱のような道場。
まだ昼間だというのに薄暗く異質な空間が広がっていた、
黒く手の垢がうすく付いた柄を握りしめ、リズムよく素振りを始める。
自分の呼吸音と空間を裂く音が鈍く響いた。
「随分と熱心なんだな」
木刀の先を床と水平におろす、ゆっくりと後ろへ目を向けた。
２０代後半だろうか、砂埃を被った服、先ほど処刑台に立っていた奴と同じ風貌の男がいた。
床をミシミシと鳴らしながら大量に並んだ木刀の前まで歩いてくる。
「あんた誰だ」
いや、その答えは何となくわかっていた、
その薄汚く、しかし鋭く意志の持った目、頭に浮かんできたのは歓声とともに血しぶきを上げた男の姿、
自分の足が一歩二歩と後ずさりしてしまう、本能でなにかを感じたのだろうか、自分でもよく分からない。
「明日の君の護衛…って言ったら…」
「あぁ…奴隷兵…」
そうだと言わんばかりにフンっと、鼻で笑ってくる、
俺は王族だぞ、イラッとしたがここは広い心で見逃す。
先ほど謀反の罪で殺された男と同じ奴隷兵、
この男は明日にある魔人討伐に参加する護衛、悪い言い方をすると壁役だ、
勇者パーティーを自らの命を使って守る…。
「なんだ、ただの奴隷兵がなぜこの道場にいる」
「そりゃ訓練です、あなたたち勇者様を守るための」
なんだか癪に障るやつだ、俺が子供だからとなめている、
こんな奴に魔人討伐の重役を任せて大丈夫なのか、あまり気にしないように自分の訓練を再開する。
「精々、壁役頑張ってください」
精一杯の皮肉を吐き捨てて訓練を続ける、所詮奴隷は奴隷、
いくら勇者たちを守ると言っても魔人を倒すのは勇者たちなんだ、結局任務を達成するのは俺たち勇者。
「…クローバー様」
急に自分の名を言われギョッとする、先ほどとは打って変わり、曇った顔をしている。
「ア、なんだよ、というか名前…」
「あなたの名前はよく聞きますよ、有名人ですから」
「ははっ、そうか…」
「それで」
「あなた様は数日前の魔人討伐に行きましたか」
曇った表情に、赤い怒りの感情が混ざっていくのが見て取れた。
「…いや、行ってない、明日の討伐が初めてだが」
「そうですか、失礼しました」
何事もなかったように木刀を振り始める、こいつ…。
「おい、おまえ」
「……はい」
「なぜ俺に殺意を向けた」
男は少し驚いた様子を見せる、が、また先ほどに曇りに戻った。
「いえ、なんでも」
白々しく言葉を濁す、表情を上書きするようにさらに続ける。
「そんなつもりはなかったのですが、そう思わせたのなら申し訳ない」
「…………」
「…もしよければ、私が稽古の相手をしましょうか、申し訳程度に」
「まあ、いいだろう…」
話をどんどん流され、結局さきほどの殺気についてはうやむやにされた、
まぁ稽古相手ができたからそれで良しとする。剣技の実践形式の試合、道場の中央付近に二人で立つ。
「では、さきに一本取れば勝ちということでいいですか」
「あぁ」
相手が踏み込む前に大きく木刀を振る。
先手必勝、攻めこそが最強の防御であり策だ。が、男は一切後ずさりしない、むしろ。
振りだした俺の木刀を蜘蛛の巣を掃っているかのように受け流す。
「くそっ」
無意識のうちに自分の足が後ろへ、後ろへ引いていく。
攻めの体勢を維持していたにも関わらず、守りの体勢へと変化する。
「クソッ…」
だんだん腕の力が抜けてきていることに気づく、もう一度強く突き出した木刀は力なく振り払われる。
「まぁこんなものでしょう」
相手の姿勢が急に低くなった、まずい…、受けねば……
風を斬る音と共に、持っていたはずの木刀が空中に舞っている。
「はい、一本です」
鼻頭にちょん、と刃先をあてられた。
「…………」
悔しさ、いや、なんだこれは、感情が絡まる、しかし決して嫌なものではない。
「参りました」
嫌味は出てこない、ただ…。
「強かったです」
正直侮っていた、自分は、自分を取り巻く環境に酔いしれていただけだった。
「いえ、クローバー様この年齢で十二分すぎるほどの強さです」
先ほどまでの暗く、澱んだ空気は一転する。悔しさがないわけではない、
もちろんある、でもそれ以上に衝撃的だった。
「なあ、あんたほどの実力があれば上級騎士にもなれるんじゃないか」
男は意外そうな顔をした後、すぐに笑顔を見せた。
「私には重要な責務がありますので…」
はっとしたように首にかけていた銀色の時計を凝視する。
「すこし時間が経ちすぎていたようで…」
「申し訳ございません、私はこれで失礼します」
「あぁ…」
４５度に軽くお辞儀をすると回れ右をして出口に向かう。
この男は他の何かとは違う、…なにか…。
「なぁ！」
男の進めていた足を止めさせる。
「あんたの…、あなたの名前を教えてくれませんか」
「…………」
「はい、ニゲラと申します」
皆の視線の先、護衛官５人に銃を向けられた薄汚い男が手を後ろに縛られ膝立ちさせられている、
王の合図と共に民衆たちの歓声があがった。
「それでは、時刻になりましたので罰を執行していきます」
白い服装をした大臣が宣言をするとさっきまでの歓声が段々と静まっていき
今か今かと急かすような表情を浮かべている。
まったく…一体なにが面白くて罪人の処刑を見ているのだろうか、
罪状は勇者一行の妨害、それによる国家への謀反罪らしい。
その男も馬鹿だなぁ、大人しくしておけば命くらいは助かったものの随分無駄なことをしたものだ。
「ほら見とけクローバーこれが…」
銃声が鳴り響く。４，５発の破裂音とともに歓声が溢れかえった。
「この国に…俺たち勇者に盾突いた奴の最後だ」
「はい！兄上」
にやにやと口角を上げながら、俺の兄上は宮殿の中に入っていく。
急いで後を追いながら横目で処刑場を眺める、紅い液体が中央の石畳に広がっている、
さらに奥には……。だれだあの女、白いフードを被った男の横に自分と同い年くらい、
おそらく９歳ほどの少女が処刑台を無表情に見つめている。すこし気味が悪い。
「おい、はやく行くぞ」
「はい、すみません」
「明日にはお前も俺と同じく勇者パーティーに追加されるんだ、すぐに魔人討伐が始まる…準備しておけ」
「わかりました」
「まっ、準備なんていらないがな…」
「………？」
質問をする間もなく自分の棟に入っていった。
カモミール王国、王位継承権４位、カモミール＝クローバー…。
この名を王族内で言えば神童だ、天才だとはやし立てられ、
城下の者たちは皆にこやかに首を垂れる。
たかが剣術が幼い時から人並み以上にできればこの様子、
本当に世の中チョロいこと、別にしたくもないが将来は王族騎士になりますと宣言すれば、
父上は上機嫌、大臣たちも称賛の声を上げる。本当に馬鹿々々しい、
このままあと半年もすれば王位継承権も一つくらいは上がるだろう。
兄上の棟から外側の道を行き、剣技場に歩き出す。
行く途中、処刑場の近くを通ると先ほどまで歓声を上げていた民衆は用が済んだ途端に城下へ戻っていった。
「クズしかいねーのか」
心で呟いたはずがどういう分けか外へ飛び出していた。
明日の魔人討伐、これは後々王位継承権に関わる重要な行事だ。
いくら神童と呼ばれる俺でもある程度の稽古をつけておく必要がある。
黒と焦げ茶色の木材が交互にはめ込まれた巨大な箱のような道場。
まだ昼間だというのに薄暗く異質な空間が広がっていた、
黒く手の垢がうすく付いた柄を握りしめ、リズムよく素振りを始める。
自分の呼吸音と空間を裂く音が鈍く響いた。
「随分と熱心なんだな」
木刀の先を床と水平におろす、ゆっくりと後ろへ目を向けた。
２０代後半だろうか、砂埃を被った服、先ほど処刑台に立っていた奴と同じ風貌の男がいた。
床をミシミシと鳴らしながら大量に並んだ木刀の前まで歩いてくる。
「あんた誰だ」
いや、その答えは何となくわかっていた、
その薄汚く、しかし鋭く意志の持った目、頭に浮かんできたのは歓声とともに血しぶきを上げた男の姿、
自分の足が一歩二歩と後ずさりしてしまう、本能でなにかを感じたのだろうか、自分でもよく分からない。
「明日の君の護衛…って言ったら…」
「あぁ…奴隷兵…」
そうだと言わんばかりにフンっと、鼻で笑ってくる、
俺は王族だぞ、イラッとしたがここは広い心で見逃す。
先ほど謀反の罪で殺された男と同じ奴隷兵、
この男は明日にある魔人討伐に参加する護衛、悪い言い方をすると壁役だ、
勇者パーティーを自らの命を使って守る…。
「なんだ、ただの奴隷兵がなぜこの道場にいる」
「そりゃ訓練です、あなたたち勇者様を守るための」
なんだか癪に障るやつだ、俺が子供だからとなめている、
こんな奴に魔人討伐の重役を任せて大丈夫なのか、あまり気にしないように自分の訓練を再開する。
「精々、壁役頑張ってください」
精一杯の皮肉を吐き捨てて訓練を続ける、所詮奴隷は奴隷、
いくら勇者たちを守ると言っても魔人を倒すのは勇者たちなんだ、結局任務を達成するのは俺たち勇者。
「…クローバー様」
急に自分の名を言われギョッとする、先ほどとは打って変わり、曇った顔をしている。
「ア、なんだよ、というか名前…」
「あなたの名前はよく聞きますよ、有名人ですから」
「ははっ、そうか…」
「それで」
「あなた様は数日前の魔人討伐に行きましたか」
曇った表情に、赤い怒りの感情が混ざっていくのが見て取れた。
「…いや、行ってない、明日の討伐が初めてだが」
「そうですか、失礼しました」
何事もなかったように木刀を振り始める、こいつ…。
「おい、おまえ」
「……はい」
「なぜ俺に殺意を向けた」
男は少し驚いた様子を見せる、が、また先ほどに曇りに戻った。
「いえ、なんでも」
白々しく言葉を濁す、表情を上書きするようにさらに続ける。
「そんなつもりはなかったのですが、そう思わせたのなら申し訳ない」
「…………」
「…もしよければ、私が稽古の相手をしましょうか、申し訳程度に」
「まあ、いいだろう…」
話をどんどん流され、結局さきほどの殺気についてはうやむやにされた、
まぁ稽古相手ができたからそれで良しとする。剣技の実践形式の試合、道場の中央付近に二人で立つ。
「では、さきに一本取れば勝ちということでいいですか」
「あぁ」
相手が踏み込む前に大きく木刀を振る。
先手必勝、攻めこそが最強の防御であり策だ。が、男は一切後ずさりしない、むしろ。
振りだした俺の木刀を蜘蛛の巣を掃っているかのように受け流す。
「くそっ」
無意識のうちに自分の足が後ろへ、後ろへ引いていく。
攻めの体勢を維持していたにも関わらず、守りの体勢へと変化する。
「クソッ…」
だんだん腕の力が抜けてきていることに気づく、もう一度強く突き出した木刀は力なく振り払われる。
「まぁこんなものでしょう」
相手の姿勢が急に低くなった、まずい…、受けねば……
風を斬る音と共に、持っていたはずの木刀が空中に舞っている。
「はい、一本です」
鼻頭にちょん、と刃先をあてられた。
「…………」
悔しさ、いや、なんだこれは、感情が絡まる、しかし決して嫌なものではない。
「参りました」
嫌味は出てこない、ただ…。
「強かったです」
正直侮っていた、自分は、自分を取り巻く環境に酔いしれていただけだった。
「いえ、クローバー様この年齢で十二分すぎるほどの強さです」
先ほどまでの暗く、澱んだ空気は一転する。悔しさがないわけではない、
もちろんある、でもそれ以上に衝撃的だった。
「なあ、あんたほどの実力があれば上級騎士にもなれるんじゃないか」
男は意外そうな顔をした後、すぐに笑顔を見せた。
「私には重要な責務がありますので…」
はっとしたように首にかけていた銀色の時計を凝視する。
「すこし時間が経ちすぎていたようで…」
「申し訳ございません、私はこれで失礼します」
「あぁ…」
４５度に軽くお辞儀をすると回れ右をして出口に向かう。
この男は他の何かとは違う、…なにか…。
「なぁ！」
男の進めていた足を止めさせる。
「あんたの…、あなたの名前を教えてくれませんか」
「…………」
「はい、ニゲラと申します」
