「おはよう、詩月。あの、昨日はごめん。詩月のフォローしたつもりだったけど、確かにバラされるのは嫌だよな。ほんとにごめん。」
 次の日、夜先生とどんな顔をして会えばいいのか悩んでいると、彗が話しかけてきた。よくよく話を聞いてみると、昨日彩空に怒られたそうだ。まぁ、彗のせいでもっと夜先生と顔を合わせづらくはなったが、悪いやつではないことは分かっている。今回のことも、本当に私のためにやってくれたのだろう。
 「まぁ、今回は許す。でも、これ以上余計なことしないでね。彩空が、夜先生を好きなことも、本人にバラしちゃダメだよ。」
 私は念の為に、彩空のことも釘を刺しておく。きっと言わないだろうが、念を押しておいて損はない。

 「ねぇ彩空、今日の部活、先生とどんな顔で会えばいいの?」
 どんなに嫌でも、授業の日と部活の日はやってくる。夜先生に会えないよりはいいが、やはり気まずい。一応、普通には接してくれるが、見えない壁がある。


 「詩月ちゃんは、どの惑星が好きなの?」
 えっ。詩月…ちゃん?部活中に好きな惑星の話になり、夜先生が私にも話を振ってくれた。けれど、”ちゃん”ってなんだ。今はもう、呼び捨てでしょ?
 「天王星ですかね。あの青い感じが好きです。」
 私はそう言うと同時に、先生を見た。一瞬目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。


 「彩空、やばいかも。先生に嫌われたかな。」
 部活帰りにふと、不安になった。今でも鮮明に覚えている。夜先生に初めて、呼び捨てで呼んでもらえた日。

 あの日は生憎の曇り空で、天体観測は諦めておしゃべりに花を咲かせていた。5時半を過ぎた頃だっただろうか。空も暗くなり始め、家に帰ることになった。
 6校時が体育だった私たちは、体育着だったが彩空と彗はウィンドブレーカーを着ていてとても暖かそうだった。それに対して私は、防寒着なるものを家に忘れ誰がどう見ても寒そうな格好だった。
 「詩月は寒くないの?」
 とても自然な流れだった。まるで、ずっとそう呼んでいたかのように。だって私以外、これが初めての呼び捨てだって気が付かなかったんだから。

 なのに、今日は”ちゃん”がついていた。詩月ちゃん、なんて呼ばれたことなかったから少し嬉しかったけれど、やはり距離ができていることを感じる。

 「先生も照れてるんじゃない?」
 突然、彩空がそんなことを言い出す。照れている?先生が。いつも冷静で美しい先生が、照れるなんてことがあり得るのだろうか。
 「そういえば、目が合ってもすぐに逸らされた。あれって照れてたの?」
 「んー、うちらの自己満かもしれないけどね。うちも、目を逸らすとこ見てたけど、若干顔が赤かったような気がしなくもない。」
 照れている、か。そんな先生は滅多に見られない。早く元の関係に戻りたいが、それまでは少しだけ先生の意外な反応を楽しもう。