今日は久しぶりの天体観測だ。冬休みの間、夜先生とずっと会えなかった私と彩空にとってこんなにも嬉しいことはない。
「今日って新月ですよね?なんか、いつも天体観測って言うと月の観測だったから、不思議な感じがしますね。」
「そうだね。でも、月の明かりがない分、周りの星が綺麗に見えるよ。今日は、火星でも見ようか。」
火星か。二酸化炭素に覆われており、表面の岩石や砂が赤錆を多く含むことで赤く見える地球型惑星。楽しみだ。
「ねぇ彗、問題出していい?彩空と先生も考えてくださいね。じゃじゃん。天文学者が観測しない天文現象はなんでしょうか。理由も答えてください。」
この問題は、なぞなぞだ。インターネットで調べた。
「なんか、ヒントちょうだい。」
「彗、ヒント早くない?んー、ダジャレかなぁ。」
3人とも、とても悩んでいる。その時、夜先生が閃いた。
「わかった。天文学者って、ほら、専門家ってことだよ。」
答えが分かってもすぐに答えず、周りにもっとヒントを出す先生は優しい。けれど、このヒントを聞いてもなお、2人は分からないようだった。
「えー、分かんない。先生、答えは何ですか。」
おー、さすが彗。諦めが早い。
「えー、でも、ダジャレなんでしょ。嫌だよ。…紅炎。」
「紅炎。プロミネンスか。…プロ見ねーんす、か。先生、天才っすね。」
ダジャレは、言ってくれないのか。嫌がる姿が可愛いすぎですよ、夜先生。いつか絶対ダジャレを言わせてやる。
「じゃぁ、ちょっと仕事が残っているから職員室行ってくるね。頑張って30分で終わらせてくるから。詩月たちも頑張って、ピント合わせておいて。」
「了解です。寸分の狂いもなく、完璧な状態にしておきます。」
私がそう宣言すると、先生は下へ降りて行った。まぁ、完璧な状態にすると言っても、望遠鏡を操作するのは彗だ。私は彩空との会話を再開する。
「ねぇ、聞いた?仕事30分で終わらせてくるって。私たちのためにだよ?嬉しすぎるでしょ。」
“私たちのために”なんて深い意味がないことくらい、自分でも分かっている。それでも、私たちとの時間を作ってくれることが嬉しかった。
それからしばらく、彩空と夜先生について語った。寒くなって巻くようになったスカーフがとても似合うこと、髪を切っていたから「可愛いですね。よく似合ってます。」って言いたいこと、来年の誕生日になにをプレゼントしたいか。私たちの話題は尽きない。
「鹿児島のご実家に行って、お父さんに”娘さんをください”って言いたい。詩月も一緒に行こ。」
「え、流石にそれはキモくね?私は、ピクニックに行きたい。夜先生先生が作ったサンドイッチとか食べたい。わざと小さいレジャーシートを持って行って、近づきたいな。」
今度は彩空が少し引いていた。2人ともキモい。タイプの違うキモいやつ。けれど、2人とも夜先生が好きで好きで仕方がない。
「なんであんなに綺麗なんだろ。毎日服装は素敵だし、手は綺麗だし、所作は美しいし、可愛いし。冬休みの間に切ったっぽい髪が似合ってるし。てか、美容師羨ましすぎん?近くでおしゃべりできるし、髪の毛触れるし、なんなら頭皮まで触れれるし。あー、コスプレさせたい。殺し屋とか、どう?あと、タイトなドレスとか着てほし…?彩空、どうしたの?そんな驚いた顔して、幽霊でもいた?」
私は振り返る。そこには、夜先生がいた。聞かれた。どこから聞いていたかなんて、分からない。今、どんな表情なのかも分からない。知られてしまった・引かれてしまったという、絶望と恐怖が心を支配していたから。
この時の私は冷静じゃなかった。とにかく、間が怖かった。何かを言わなければと焦っていた。でなければ、あんな事態にはならなかった。
「月が綺麗ですね。」
なにを言っているんだろうか、私は。
「え、あ、う、うん。そうだね。綺麗だね。」
この時、私と夜先生はプチパニック状態だった。
「えっ…私のために死んでくれないんですか?」
人はパニックになると、なにを言い出すか分からない。私は完全に場違いで、立場と今後を考えてない発言をした。
逃げたかった。この場にいると、自分が崩れそうだった。好きな人には、涙を見せたくなかった。
「トイレ、行ってきます。」
誰もなにも言わなかった。今までで、1番トイレが遠く感じた瞬間だった。
「あー、なんであんなこと、言っちゃったんだろう。」
トイレにある鏡の前で、自己嫌悪に陥る。しばらくしたら、戻ろう。目が腫れないよう、一生懸命泣くのを堪える。
「詩月、大丈夫?」
この声は、彩空か。追いかけてきてくれたのか。たぶん、彩空の感じからして、ちょうど私が話しているときに先生は戻ってきたのだろう。つまり、好きだとバレたのは私だけ。彩空は、まだ隠し通せている。
ー玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば
忍ぶることの よわりもぞするー
「私の命よ、絶えてしまうならば絶えてしまえ。生き長らえていたら、胸の内に秘める力が弱まって、秘めていられなくなってしまうと困るから。ずっと、自殺したかった私にとって先生は希望の光だったのに。先生との生活が楽しすぎて、死にたいなんて思わなくなってきてたのに。やっと、やっと立ち直れてきてたのに。やっぱり、バレる前に死んでおいた方がよかったのかな。」
初めてだった。病んでいたことを誰かに打ち明けるのは。やはり、彩空がなんて言うか怖かった。
彩空は、なにも言わずにそっと抱きしめてくれた。ただ抱きしめて、そして頭を撫でてくれた。なにも言って欲しくなかったからありがたかった。
しばらくして、2人で戻ることにした。彗と先生だけでは片付けに時間がかかるし、黙って帰るのは私の良心が許さなかったから。
「あー、さっきはごめんね。てか、これからどうしよう。絶対気まずいじゃん。」
少し落ち着きを取り戻した私は、彩空と廊下を歩いていた。すると、彗と先生の会話が聞こえてくる。タイミングよく戻りたかった私たちは足を止め、その会話に耳を傾ける。
「詩月たち、遅いね。」
「そうですね。でも、さっきの”月が綺麗ですね”っていうのは、本心だと思いますよ。いつも、詩月は先生の話しかしませんもん。毎日、先生のことを好きだって言ってます。先生と会えなかった日のテンションは低いし。先生と旅行に行って、ツーショット撮って待ち受けにしたいって言ってました。それぐらい先生のことが大好きだって。詩月だけじゃなくて、さ…、」
「はっ?なんで言っちゃうの?意味分かんない。言わないでって言ったよね?頑張って隠してたのも知ってるよね?マジで最低。…すいません、先生、帰ります。」
もう限界だった。やってしまった。彗の暴露を皮切りに、私は好きな人の前で泣いてしまった。しかも片付けもせずに、逃げ帰ってしまった。



