推しに捧ぐ物語

 「スーパームーンって、すごい明るい月ですよね?」
 「合ってるんだけど、ちょっと違うかな。視直径が約14%大きいから、光っている面積が大きくなって普段より約30%明るく見えるんだよ。」
 地学の先生なだけあって、説明が分かりやすい。星を見るのが好きでも、知識が全くない私を賢くしてくれる。
 「綺麗だよね、スーパームーン。望遠鏡の真ん中にスーパームーンが来れば、彗の顔が明るく照らされるよ。」
 なんだそれ。面白過ぎでしょ。いつもは影が薄いから、たまには神々しくなるのも新鮮でいいかもしれない。

 「ピント合ったよ。」
 望遠鏡を覗くと、そこにはいつもより綺麗な月があった。けれど、
 「いや、眩し。」
 さすが、スーパームーン。とても明るい。まぁ、夜先生が放つオーラに比べれば、言うまでもなく漆黒のように暗く見えるに違いないが。

 「詩月、なんか喉渇かない?」
 「彩空、確かに喉乾いたね。」
 そういえば、急いでいたせいで家から飲み物を持ってくるのを忘れていた。
 「俺、なんか買ってこようか?そこにコンビニあるし。」
 「マジで。ありがとう。私は、紅茶。」
 夜先生と1秒でも長く一緒にいたい私にとって、彗の提案はありがたかった。
 「詩月、いつも彗のことを遠慮しないやつとか言ってるけど、あんたも意外と遠慮しないやつだよね。じゃ、うちは彗1人だと不安だから、一緒に行ってくるね。」
 そう言い残して、彩空は彗とコンビニに行ってしまった。私は夜先生と2人、残されてしまった。2人で窓からスーパームーンを見る。会話はなかったが、その時間がまた心地よかった。


 「月が綺麗だね。」
 えっ。私は驚いて先生の方を見る。先生はおどけた表情をしていた。まるで”景色が綺麗という意味とあなたが好きだという意味、どちらだと思う?”と私をからかうように。
 「別に夜先生のためなら、死んでもいいですよ。」
 私はいたって普通に答える。にしてもなんて臭いセリフなんだ。まぁ、本心だから仕方がない。
 「てか、黒歴史を掘り返さないでください。怒りますよ?…でも今になって冷静に考えてみると、あの日新月でしたよね?月なんかなかったのに。まぁ、”月が綺麗ですね”って言った私も、それに”そうだね”って答えた先生も、かなり焦っていたってことですね。」
 あの日の出来事は周りから見れば完全なる黒歴史だろう。けれど、なんだろう。私には、黒歴史だと言い切ることができない。黒歴史だと言われれば、黒歴史だ。それは間違いない。だが、あの日のあの出来事がなければ私はここまで夜先生と仲良くなっていただろうか。あの出来事があったおかげで前より仲良くなれたし、”可愛い”などの少し恥ずかしいことも直接言えるようになった。そういう面では、なければならなかった歴史とも言えるだろう。

 「そういえば最近、詩月の影響で私も百人一首勉強してるんだ。でね、私と詩月にぴったりの句を見つけたの。

ーしのぶれど 色に出でにけり わが恋は
         ものや思ふと 人の問ふまでー
…どう?」

 この句は平兼盛(たいらのかねもり)が読んだ句だ。意味は、” 心に秘めてきたけれど、私の恋は顔や表情に出てしまっていたようだ。「恋の想いごとでもしているのですか?」と、人に尋ねられるほどに。”だったはず。ということは、
 「気づいていたんですか?え、いつから?」
 「ひみつー。」
 先生はそうお茶目に笑う。え、でもほんと、いつからバレてたんだろう。”月が綺麗ですね”って言ったとき?それとも、その発言が先生の勘を確信に変えた?まぁ、今更そんなこと、どうでもいいか。


 「ねぇ詩月、今も月は綺麗?」
 「さぁ、どうでしょうね?」
 私はさっきの先生みたいにおどけてみせる。もちろん、そんなの綺麗に決まっている。
 「えー。教えてよー。」
 先生は笑っている。私も笑っている。やはり、先生の笑顔は可愛い。心から笑い合う時間。この時間以上に楽しい時間はないだろう。


 夜先生と一緒にいる限り、月はずっと綺麗だろう。いや、あと1年半後、卒業しても月を見るたびに夜先生を思い出して、綺麗だと思うのだろう。そう、ずっと。いつまでも。満月だろうと、スーパームーンだろうと、たとえ新月だろうと。

 時には恋と推しの違いが分からなくなるかもしれない。暴走するかもしれない。


それでも私の推し活は、続いていく。