私たちの学校は少し特殊だ。1組がいいクラで、いくつかの研究チームに分かれて、研究活動をする。去年は数学を選んだが、夜先生を推しているからにはやはり地学を選ぶ他ない。彩空も地学を選択したらしい。研究チームはいくつかあり、人数にも偏りが出る。その結果、地学はあまり人気がないのか私と彩空と彗の3人だけだった。

 「彗は確か去年も地学チームなんだよね?なんの研究してたの?」
 「半径3キロ圏内の土壌観測かな。」
 土壌観測。土の種類や岩石の種類などを調べるのだろうか。
 「なんか楽しそうだね。埼玉には高い山がいくつかあるから、”山間部とこの地域の土壌の違い”なんてテーマはどう?」
 地学に関しては全くの素人だが、自分でも良さげなテーマを見つけたと思った。
 3人で話し合った結果、山の土壌観測を行い、去年のこの辺りの地域の観測データとの比較を行うことになった。


 土曜日。それは学校がなくて、ゆっくり寝ていたい日。けれど、私はウキウキで学校にきていた。なぜなら、今日は土壌観測の日だからだ。一旦学校に集合してから、30分ほどかけて山まで行く。彗は自分のバイクで。免許を持っていない私と彩空は、なんと夜先生の車で。

 「おはよう。さ、行こっか。」
 外でおしゃべりしていると、先生がやってきた。やばい。可愛すぎる。せ、先生が、ズボンを履いている。やっと見れた。先生がズボンを履いている姿。まぁ、土壌観測だからスカートでくるわけがないのだが、彗しか見れていなかった姿を見れて天にも昇る思いだ。
 「先生がズボン履いてるの珍しいですね。スカートも素敵ですけど、ズボンもめっちゃ似合ってます。」
 率直な感想を伝える。以前の私ならこんなことを言ったりはしなかっただろう。が、なんだろうか、1度思いを知られて少し吹っ切れた。流石に、自分でもキモいと思うようなことは言わないようにしているが、ある程度のことなら恥じらいを捨てることができる。

 「ありがとう。じゃ、詩月と彩空は後部座席に座ってね。彗は気をつけて、バイクで来て。」
 緊張する。毎日駐車場にあるかを確認していた車にいざ乗るというのは、なかなかに勇気がいるものである。

 「お願いします。」
 車に乗り込んで、少し経った頃だろうか。大変なことに気がついた。酔い止めを飲み忘れた。私は車でも酔ってしまう方で、乗り慣れない車だと高確率で気分が悪くなる。まぁ、3人で仲良くおしゃべりしているしきっと大丈夫だろう。うん、大丈夫だ。


 やばい、気持ちが悪い。完全に酔ってしまった。体調不良を申し出たいが、この空気を壊したくない。やっと、仲良くおしゃべりできるようになったのだから。
 「詩月、大丈夫?酔っちゃった?」
 1番初めに声をかけてくれたのは、夜先生だった。バックミラーでこちらを確認しながら、運転をしている。
 「すいません。酔いました。どっかコンビニで止めてもらえませんか。少し水分補給して、酔い止め買って、できれば助手席に座りたいです。そっちの方が、景色が見れて酔いにくいので。」

 すぐ近くにあったコンビニで、少し休憩することになった。やってしまった。迷惑をかけたくないと思って我慢したのに、結果心配と迷惑をかけることになってしまった。先生は「どうせ、彗は原付でちょっと遅いから全然平気だよ」と言ってくれたが、予定が狂ってしまっていることに変わりはない。
 5分ほど休憩して、再出発することになった。彩空には申し訳ないが、助手席は先にもらった。薬のおかげで、だいぶ酔いはマシになっていたが、それは秘密にしておいた。だって呼び捨てを先にされたんだから、助手席に先に座るぐらいしないと平等じゃない。

 「詩月、少しは良くなった?」
 「はい。だいぶ良くなりました。」
 「まだ辛かったら、無理しないで言ってね。」
 夜先生が私を心配してくれている。しかもなんだこの会話は。まるで、ドラマの中の恋人のドライブシーンみたいではないか。

 とりあえず今日は、土を採取することになっている。いくつかの山をまわって、様々なサンプルを得る。
 最初の山に着いて夜先生の車のトランクを開けたとき、少し違和感を覚えた。
 「夜先生、なんか荷物多くないですか?」
 パッと見た感じ、採取に必要なスコップと袋など以外にも色々積んであった。私物とも思ったが、なんか少し違う。
 「今日たくさんの山をまわるじゃん。お腹空くと思ってサンドイッチ作ってきたの。お昼頃にどっかの公園か土手で食べよう。休憩できるように、バドミントンとかも持ってきたよ。」
 なんて気が利く先生なんだろうか。しかも作ってきたということは、手作りサンドイッチではないか。

 「彩空、やばくね。運ここで使い果たしてる気がするんだけど、この後大丈夫かな。」
 って、彩空なんか、嬉しすぎて頭がおかしくなっている。笑いが止まらない。そこにちょうど彗が来た。みんな揃ったので作業を開始するが、ニヤニヤが止まらない。先生は、私が先生を好きなことを知っているのにサンドイッチを手作りしてくるなんて、私の心を殺すつもりなのだろうか。


 「ふー、疲れた。お腹減ってもう何もできん。」
 3つ目の山の採取が一段落し、公園でお昼ご飯にすることにした。

 先生が作ったサンドイッチ。
 「マジで腹減ったんで、蓋開けていいですか。」
 彗には遠慮の心というものがないのだろうか。先生にしっかり許可を貰うあたり、いいやつではあるが、やはり少しズレている。
 …美味しそう。見た目がとても綺麗だ。普通にお店で売っているレベル。それに、
 「美味しそう。いろいろな種類がありますね。」
 「だって前に詩月、卵とチーズ食べれないって言ってたじゃん。彩空はハムが無理だって。」
 覚えててくれたんだ。前にちょっと流れで話しただけなのに。私たちのことをしっかり考えてくれているなんて、過去1嬉しい。
 「いただきます。」
 私は、ツナきゅうりと苺ジャムをいただいた。見た目通りとても美味しい。美味しすぎて、もうコンビニのサンドイッチなんか買えない。


 食事の後はもちろんみんなでバドミントンだ。彗と私対彩空と夜先生で、試合をすることになった。夜先生が40代とは思えない動きで、全て打ち返してくる。さらに、華麗なスマッシュ。私たちは負けてしまった。
 少し疲れた私は夜先生と一緒に、彗と彩空の試合を見ていることにした。
 「先生、バドミントン上手ですね。私は、苦手なので羨ましいです。」
 「あはは。まぁ今から30年くらい前だけど、一応バドミントン部だったからね。」
 バドミントン。似合う。正直先生はなんでも似合う。弓道や華道・茶道にバレー。文化部から運動部まで何をやっていても納得できる。でも、バドミントンか。もしかしたらこれからも一緒にやることがあるかもしれない。うん、練習しよう。一緒にできることがあるのは嬉しい。苦手なら練習あるのみ。

 「それじゃ、そろそろ次の山に行こうか。」
 彗が彩空にボロボロに負かされたところで移動することにした。この後は2つほど山に土の採取に行って学校に帰る。


 時刻はすでに16時をまわっている。なんだかんだ、おしゃべりが盛り上がり土の採取が進まなかった。採取した土のサンプルを地学室に片付けて帰る。楽しかった1日も、もう終わりだ。
 「今日はありがとうございました。とても勉強になりました。あと、めっちゃ楽しかったです。」
 「それはよかった。あとはデータをまとめるだけだね。まぁ、それが大変なんだけど。じゃ、気をつけて帰るんだよ。」

 自転車を漕ぎながら、今日1日を振り返る。嬉しいことと楽しいことがありすぎた。一気に過去のことのように感じ、なんだか虚無感を覚える。