今日も練習のために、月の観測を行うことになった。天文部には2つの天体望遠鏡があるが私と夜先生はお互いに気まずすぎて、一緒に同じ望遠鏡を操作することはなかった。

 「ねぇ、彩空?」
 私は天体望遠鏡を月に合わせながら、話し出す。
 「小さい頃ってさ、人は死んじゃうと星になるんだよって言われるじゃん?でもさ、星の数にも限りがあるわけだから、新しく人が死んじゃったら昔死んだ人はどうなるのかなぁ。」
 素朴な疑問だった。いや、愚問と言うべきだろうか。ただ聞いて共感して欲しかった。
 「んー、でもさ。」
 返事が返ってきたのは思いもよらない方向からだった。夜先生だ。
 「この銀河系だけでも1000兆個の星があるんだよ。だから、今までの人もこれからの人も余裕でカバーできるんじゃない?」
 まさか、こんな愚問に真面目に返してもらえるとは思ってもみなかった。ましてや、お互い気まずい空気だ。そんな中でも優しくしてくれる夜先生を私はまた、好きになる。



 もう、充分だ。先生の新たな一面は、嬉しすぎるほどに楽しんだ。もう来週からは、春休み。なんだかんだ、元の関係に戻れると思っていた。が、なぜだろう、壁が消えない。
 「彩空、来週から春休みだよ。まだなんか距離あるのに、どうしよう。」
 今日は部活がなかったために、夜先生とは話せていない。そのせいか、2人ともテンションが低く、なかなかいいアイデアが出ない。


ー天の原 ふりさけ見れば 春日なる
          三笠の山に 出でし月かもー

 「大空を遥かに見渡してみると、月が出ている。あの月は故郷の春日の三笠の山に出たのと同じ月なのだろうか。彩空、あそこに出てる月は、今まで先生と見てきた月と一緒なんだって考えると、ちょっと変な気分じゃない?今、先生も月見上げてたりしないかなぁ。同じ月を見てるって普通にロマンチック。」
 先生とずっとこのままの関係だったら、どうしようか。同じ月を見上げているのか、毎日考えるだけの生活なんて嫌だ。

 「彩空、私ね、本当はもっと都会の学校に行きたかったの。でも中3のときの担任に嫌われてて、否定されて、自信を無くしてこの学校にきた。それがほんとに嫌で、担任の先生を呪いたいくらいに、嫌ってた。でも、今なら感謝できるんだ。だって、夜先生に会えたから。嫌いな元担任にちょっと感謝できるのが、それだけだった。なのに、なのに。あー、早く夜先生と仲直りしたい。じゃないと、マジで元担任を呪いそう。」

 けれど結局、詩月”ちゃん”のまま、春休みになってしまった。