「やっぱバスケは辛いよ〜」
「あははっ、華菜は球技苦手だもんね」
体育の授業の終わり、廊下を歩きながら私は莉央と話していた。
ほんと、バスケとか体力を削ぐことしかないスポーツじゃん。なんでわざわざボールを床に突きながら走らなきゃいけないんだろう?ゴールもちっさすぎ。もうちょい大きくしたってよかったじゃん。
「でもいいじゃん。運動してスッキリしたって感じ?」
「よくないよ。汗で体はベタベタだし、顔は火照るし……」
運動部の莉央には解らない悩みかもね。
皮肉っぽくギロリと莉央を睨めば、彼女は苦笑する。
「そんなんだったら華菜も文化部じゃなくて運動部に入ればよかったのに」
「無理だよ。私運動音痴だもん。それに……」
「はいはい。西谷先輩を見れるから、でしょ?」
「はっ、なんで分かんの!?」
「親友の考えなんて筒抜けだよー」
悪戯っぽく莉央は笑った。
ううっ、ムカつくけど言っていることは合っている。
私は頬を膨らませて俯いた。
そう、私が文化部ー美術部ーを選んだのは、単に運動しなくて好きな絵を描けるからってのもあった。
だけど、もう一つ理由がある。それこそ、さっき莉央が言ったこと。
美術室からは丁度校庭の全体を見渡せる。そして、その真ん中にあるトラックで、あの西谷先輩が走るところを見れるのだ。
西谷先輩は陸上部に所属していて、長距離走の選手。それも、かなり速いらしくてよく大会なんかで入賞している。
「西谷先輩ってすごいよね。運動神経良くて頭も良くて性格も完璧で……マジ神かっての」
「いや、本当に神だよ」
もはや神という存在を超えた生き物……なんていうのはいないとわかっているけど、でも西谷先輩ならなれるかもしれない。
「華菜は本当に一途だね。……って、見て、噂をすれば……」
人がやってくる、というのは本当だとこの瞬間に実感した。
教室が立ち並ぶ廊下に、西谷先輩が一人で歩いていた。手には大量のプリント。どこかに運ぶのだろうか?
「先輩ってやっぱ優しいよね」
「まぁ、どんな人でも助けちゃうからね」
西谷先輩はプリントを持ったまま一番手前の教室をノックした。中から女の先生が出てくる。
「これ、頼まれたものです」
「ああ、いつもありがとうね、光輝くん」
先生は喜色溢れた笑顔でプリントを受け取った。西谷先輩は礼儀正しくその場で一礼してから扉を閉める。
そして、ぐるりと振り返った時。
パッと、私と先輩の目が合った。
ドクン、と心臓が大きく鼓動する。まるで、何か特別なものを感じ取ったように。
先輩は目を丸くして、それから優しく微笑んだ。今までとは一転した表情に、私の胸はさらに弾む。
やばい、今日いい日かも。ここで死んでもいい。
でも、本当の幸せはこっからだった。
先輩が、私に向かって手を振ってくれた。
私の心は驚きで満ちる。だけど、咄嗟に体が動いて、気がついたら手を振りかえしていた。
お互いが認識したところで、先輩は教室に戻った。
しばらくぼーっとする私。
先輩が、私に向かって笑いかけて、手を振ってくれた……。
「ねぇ、ちょっと!今の見た、莉央?」
「え、あ、うん、見たよ」
莉央は俯いていた顔を上げて頷く。
心なしか、瞳に影が落ちているような気がした。が、それも一瞬。莉央は満面の笑みを見せた。
「すごいじゃん、先輩に手を振ってもらえるとか!意外と行けるんじゃな〜い?」
「いや、そこまでは思ってないって」
なんて言いつつも、心の中ではワンチャンあるかも!なんて浮かれている自分がいた。