うまく足に力が入らず、よろめいたところを、横にいた僧に美織は腕を掴まれる。
天川家の人間たちから息を飲むような音が聞こえてきたが、僧は手荒に掴んだわけでもなく、支えているだけなのが美織にはちゃんと伝わっていて、その気遣いへ感謝を表すようにわずかに頭を下げた。
そのまま美織は鬼の元へと辿り着き、自分に向かって差し出されていた手に、自らの手を乗せた。
鬼は美織の手をしっかり掴むと、満足そうに微笑む。持っていた般若の面を傍にいる狛犬の片割れに咥えさせてから、鬼は細い腰に手を添え、美織を自分の元へと引き寄せた。
「とても気分が良い。今宵は宴を開くと伝えよ」
物珍しげにチラチラと鬼を仰ぎみていた狛犬の片割れは、了承したようにひと吠えしてから姿を消した。
ご機嫌な鬼に引き寄せられたかのように、鬼灯のガラス石から放たれた霊力が、強い風となって板の間に飛び込んでくる。
あの力さえ取り戻せたら、目の前の鬼を討ち取れるのではないかと、尚人は簪を握り締め、目をぎらつかせた。
鬼は自分に迫ってきた風を掴み取るような仕草をみせると、次の瞬間、その手の中に頭に角をひとつ生やした甚兵衛姿の小さな鬼の姿があり、人々を唖然とさせる。
「何を驚いている。これは俺の霊力の欠片だと言ったではないか」
確かに、鬼の手の中で必死にもがいている小鬼の顔は、随分幼くはあるがその鬼の顔そっくりである。
小鬼をどうにかして手に入れられないだろうかという野心を尚人の表情から見てとって、鬼はニヤリと笑って見せた。
「良かったな小僧。今の俺は本当に気分がいい。特別に賭けをしてやろう」
鬼はそう言うなり、掴んでいた小鬼を手放した。もちろん小鬼は、たちまちどこかへ飛んでいく。
「今日のところは、霊力を回収せず、このままここに置いていってやろう。半年だけ時間をくれてやる。それまでにお前らが霊力を捕らえ、再び鬼灯の宝玉の中へ封じることができたら、そこでお前のものだ」
賭けの魅力的な勝利条件に、尚人はごくりとつばを飲み、老婆と視線を通わせる。
「ただし、半年経っても、捕らえられぬ場合、簪と霊力は返してもらう。封印できるのは、その鬼灯の宝玉のみ。傷つけぬよう、慎重に扱え」
鬼灯の宝玉をじっと見つめる尚人の瞳がやる気で満ち溢れて行くのを目にし、にやりと笑ったあと、鬼は「帰ろうぞ」と僧と狛犬に短く声をかける。
鬼は美織を抱え持ってゆっくり庭に出ると、月に照らされた池の上で足を止める。そして瞬きするほんの一瞬の間に、あやかしたちはその場から姿を消したのだった。