瑠花は迷うような仕草をしてから、言いにくそうに話を切り出した。
「尚人さん、ごめんなさい。実は……その鬼灯の簪、私が美織からもらった物だったの」
「なんだって!?」
瑠花は自分のひと言で、天川家側がひどく動揺しているのを感じ取る。老婆から責めるような眼差しを向けられたことに憤りを覚えながらも、瑠花は自分は悪くないと開き直り、美織を叱りつけた。
「ひどいわ、賭けのことをなぜ黙っていたのよ! ……もしかして、私に全てを押し付けるために、簪を渡してきたの? なんて女!」
瑠花は美織の元へ近づき、まだ床に座った状態でいる美織に向かって手を振り上げた。叩かれると、思わず身構えた美織だったが、横から伸びてきた錫杖によって、瑠花の手はしっかりと抑えられた。
美織の傍にいつの間にか立っていた僧の格好のあやかしに、瑠花は怯えたような顔をしたが、自分には最強の陰陽師として名高い尚人がいることを思い出すと、邪魔するなとばかりに強きに睨みつけた。
しかし、僧が閉じていたまぶたをゆっくりと持ち上げ、獣のような瞳で睨み返してきたことから、瑠花は小さな悲鳴をあげながら、一気に尚人の元へ後ずさっていった。
「と、とにかく、鬼と賭けをしたのは私じゃない。美織なの! 贄になるのも、当然美織でしょ?」
「醜い人間が。いっそ殺してしまおうか」
喚いていた瑠花は、鬼の苛立ちのこもった呟きを耳にした途端、背筋を震わせ、息を飲む。
瑠花が黙り、凍りついたような静寂に包まれる中、瑠花に向いていた般若の面が、ゆっくりとその姿を捉えるように美織へ向けられた。
「まあいい。確かに、契りを交わしたのはお前ではないからな……こちらにおいで、美織」
自分に向かって差し出された手に、既視感を覚え、美織は目を見開く。戸惑いながらもそんな反応を見せた美織に対して、鬼は般若の面を取り去り、自らの顔をあらわにした。
艶やかな黒髪と、端正な顔立ちは人そのものであり、怯えきっていた瑠花すら目を奪われるほどに美しい。
しかし、笑った口元に鋭い牙を、そして細めた瞳の瞳孔が蛇に似たそれに変化したのを見てしまえば、やはりあやかしの、しかもその頂点に君臨するとされる鬼で間違いないと、恐れで心が冷えていく。
ゆったりと瞬きをした次の瞬間、美織の脳裏に、随分長いこと忘れていた幼い頃に目にした光景がふっと蘇ってくる。
さっきの瑠花の言い分は嘘ではない。確かに鬼灯の簪は、目の前にいる美しき鬼から、美織が直接もらった物だから。
続けて思い出したのは、「ありがとう」と美織がお礼を言った後の、自分に向けられた鬼の優しい微笑み。
そこで美織はハッとし、現実に引き戻される。改めて、自分へと差し伸べられている鬼の手を見つめた。
その手を取りたい。彼の元へ行きたい。
込み上げてきた強い思いに突き動かされるように、美織は鬼へと手を伸ばし、立ちあがろうとする。