真っ先に飛び込んできた薄茶色の髪に、羽織の着物姿の男性が天川尚人で、その声は怒りで震えていた。


「ごめんなさい、尚人さん。美織が勝手に……私、止められなくて」


すぐさま尚人へ走り寄った瑠花が口にした言葉に美織は唖然とし、瑠花の言葉をそのまま信じた尚人は、震える手で鬼灯の簪を持っている美織を睨みつける。

尚人はすぐさま美織の手から鬼灯の簪を奪い取った。簪をじっと見つめたのち、「くそっ!」と怒りを爆発させ、美織の胸ぐらを掴み上げる。


「お前、なんてことをしてくれたんだ。完全に霊力が抜けてしまっているじゃないか!」


私ではないと美織は必死に首を横に振るが、完全に瑠花を信じきっている尚人にはまったく伝わらない。


「女中ごときが、なんてことをしてくれたんだ」


尚人は怒りをさらに増幅させ、乱暴に美織を突き飛ばした。

床に強く叩きつけられ、すぐには起き上がれずにいた美織は、男ふたりに力いっぱい床に押さえつけられ、呼吸がうまくできず朦朧とする。

霞む視界に、ぼんやりと瑠花の姿が映り込む。彼女は、「やだ、女中ですって」と楽しそうに笑っていたが、あまりの苦しさに、美織は悔しさを覚える気力すら湧かない。


「霊力がなければ、こんなのただのごみ屑だ」


尚人が投げ捨てた鬼灯の簪が、ちょうど美織の手元へと跳ねて転がってくる。指先が橙色のガラスに触れた瞬間、板の間へと駆け込んできたかのように、強い風が吹き込んできた。

すると、共鳴するように橙色のガラスが煌めき始め、それを目にした尚人は再び鬼灯の簪を掴み取る。しかし、そうしたことで、風は板の間から逃げていき、ガラスの煌めきも消えてしまう。


「坊ちゃん。それは霊力の依代でございますゆえ、ぞんざいに扱わぬよう」


尚人の背後へ、柊の間へと案内した老婆がそっと近づき、注意する。

強い風……霊力を取り戻せなかったことに、尚人は不満のため息をこぼしてから、老婆へ振り返らぬまま、「わかった」と返事をした。

そして、鬼灯のガラス石に小さなヒビが入ってしまっていることに気づき、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「幸いにも、霊力は天川家の結界を破れず、敷地から出られずにいます。取り戻す機会はまだ残って……」


老婆はそこで目を大きく見開き、言葉を途切らせた。表情に動揺を滲ませたのは老婆だけでなく、尚人や美織を押さえつけている男たちもそうだ。

話にのぼった天川家の結界が今まさに破られ、さらに、敷地の中へ入ってきた禍々しいあやかしの気配を、みんなが感じ取ったからだ。

すぐに戦闘態勢をとらなければやられる。そう本能で感じるも、あまりにも強烈で巨大な禍々しさに、体が萎縮し動かない。

そんな中、シャンと錫杖の音が響き、その場にいる皆が頭を押さえて苦悶の声を発し始める。


「頭が割れそう。なんなのよ、この音は」