「待って! あれは私の物よ。奪い取ろうだなんて許さない!」


瑠夏に怒鳴りつけられ、美織は顔を強張らせるも、深く息を吸い込んで、はっきりと力強く告げた。


「あなたの許しなど必要ない。鬼灯の簪は、私があの方からもらった物なのだから。むしろあなたには謝ってもらいたい。私から簪を盗んだことを」


反論されたことに、瑠花は言葉を詰まらせる。しかしすぐに、不満を態度で露わにするように、足取り荒く美織へと近づき、「生意気よ!」と手を振り上げた。

いつものように瑠花は美織を叩こうとするが、それを邪魔するように強い風が吹き抜ける。

自分のそばに留まった魁にそっくりな小鬼からじろりと見つめられ、美織は思わず口元に手を当てた。


「もう見つかってしまいました……すぐに帰ります。ただ簪を返してもらいたくて来ただけですから」


尚人は小鬼に向かって言い訳を始めた美織を見て、わずかに笑みを浮かべた。


「わかった。負けを認めて、簪を返そう……こっちだ」


降参だとばかりに肩を竦めた尚人は、美織に向かって手招きをしたあと、廊下へと出た。着いて行くか行かないか美織が迷っている間に、当然の顔で瑠花が尚人に続こうとするが、尚人はそんな瑠花を睨みつける。


「ついてくるな。簪はお前ではなく、本来の持ち主に返す」


尚人にそう告げられ、瑠花は信じられないと、大きく目を見開いた。


「俺が負けを認めたのだから、婚約も白紙だ。今ここで、お前との縁は切れた。さっさと消え失せろ!」


尚人が声を荒げると、騒ぎに気づいた使用人らしき男性が廊下を走ってやって来た。「その女をつまみだせ」と尚人が瑠花を指差して指示を送ると、男性は戸惑いながらも「はい」と返事をし、瑠花を捕まえる。

男に引き摺られながら「簪は私の物よ!」と叫ぶ瑠花を、美織は気の毒そうに見つめていたが、尚人に再び促されたことで、ようやく彼に続いて歩き出した。

屋敷を奥へと進み、やがて足を止めたのは、格子扉の小部屋の前だった。

尚人は扉をあけて、骨董品や巻物などが所狭しと並んでいる室内へと入り、その片隅にひっそりとたたずむ棚へと向かった。観音開きの戸を開けると、そこに鬼灯の簪が置かれていた。

美織も小部屋に足を踏み入れ、尚人に問いかける。


「どうしてこんなところに」

「あの女が勝手に触ったり、持ち出そうとしたりするから、隠したんだ」


格子扉だからか座敷牢の様にも見えるため、陰気な場所を嫌う瑠花なら、確かにここには近づかないだろうと、美織は納得する。