「夜が明けたら……天川家はもうおしまいだ」

「おしまいだなんて、そんなことないわ。あの霊力に頼らなくたって、この半年間変わらずに、尚人さんが陰陽道を牽引してきたじゃない」


床の間には項垂れる尚人と、彼を励ます瑠花の姿があった。寄り添う様に瑠花が尚人に触れた瞬間、尚人が瑠花の手を払い避けた。


「知った風な口をきくな! この半年、俺がどれだけ必死に頂点の座を守り続けたか知らないくせに!」


尚人はそう叫んでから、大きく息をつき、さらに冷たく言い渡す。


「霊力を取り戻せなかった時は、お前との婚約はなかったことにする」

「ちょ、ちょっと待ってよ、尚人さん」

「そもそも、簪を厳重に張り巡らしていた結界の外に出したのはお前ら従姉妹だろ。それなのにお前は、霊力を捕まえようと知恵を絞ることもなく、ただ見ているだけ。ふざけるな!」


「違うわ。私たちじゃなくて、美織よ」と、瑠花は尚人に縋りつこうとするも、体を押しやるように拒絶されてしまい、瑠花は俯く。やがて、瑠花は小さく笑って顔をあげ、開き直ったように、尚人と向き合った。


「わかったわ。白紙にでもなんでもすればいい。その代わり、日付が変わったら、あの簪は返してもらうわ」

「だめよ。あなたには渡さない」


黙って聞いていた美織だったが、そこで我慢できなくなって板の間に足を踏み入れた。現れた美織に瑠花と尚人は唖然とする。


「み、美織! 鬼に食われたんじゃなかったの……って、今喋ったわよね。本当に美織なの?」


瑠花は目の前にいる美織が、自分の知っている美織ではないことにすぐに気づいた。

いつもおどおどしていた彼女がとても堂々としていて、纏う色香に思わず目を奪われそうになるほどに、美織が別人のように感じられた。

尚人も一瞬面食らったものの、すぐに美織の変化を見抜く。


「違う。あやかしだ。こいつはお前の従姉妹じゃない」


印を結んだ尚人が呪を唱えると、美織の周りに結界が浮かび上がり、同時に呪符も浮かび上がってくる。しかし、美織の体から発した光が、簡単にそれらを打ち破る。全て無効化されてしまったことに尚人は驚愕の表情を浮かべた。


「確かに人ではなく、あやかしですけれど、私は美織で間違いありません」


隠す必要はないと考え、正直に打ち明けてから、美織は自分を警戒して睨みつけてくる尚人に、苦笑いする。


「そんなに怖い顔をしないでちょうだい。私、鬼灯の簪を返してもらいに来ただけだから……ここにあるかと思ったけれど、ないのね」


祭壇はそのままだが、そこに簪は置かれていなかった。どこにあるのかしらと、魁の気配を探るように室内を見回していると、瑠花が大きく叫んだ。