魁と美織が仲睦まじく寄り添っていると、羽のはばたく音が聞こえてくる。庭に目を向けてちょうどに、天狗が舞い降りてきた。

「魁様」と呼びかけられ、魁が縁側へと出ると、すぐさま天狗がそばに近寄り、何やら話し始める。

魁は小さくため息をついたのち、美織の元に戻ってきて、軽く頬に口付ける。


「少し出てくる。すぐ戻るから、自分の部屋で休んでいろ」

「わかりました。お気を付けて行ってらっしゃい」


美織が微笑んで頷くと、魁はいつものように八雲と天狗を引き連れて、部屋を後にした。

魁の気配が自分から遠ざかったことに少しばかり寂しさを感じつつも、美織はよいしょと立ち上がり、自分の部屋に向かって歩き出した。

埃ひとつない廊下をゆっくり進みながら、先ほどのやり取りを思い出した美織は、ついため息をつく。

鬼灯の簪は、本当にそれで良いのか。

母の形見なのだから、やっぱり粉砕なんてしない方が良いのではないだろうか。

魁が帰ってきたら、改めてもう一度、このことについて話をしてみようと美織は考える。彼の心がもうすでに決まっていたとしても、このまま消えて無くなってしまうのは、なんだか心が辛いのだ。

しかし、魁が自分の意見を受け入れてくれて粉砕を免れたとしても、現世に回収しに行くのを面倒くさがっている口ぶりだったため、彼は取りに行かないかもしれないとも、美織は考える。

そうなると、霊力が消えてしまった途端に、鬼灯の簪は瑠花の手に渡ってしまうかもしれない。

それだけは絶対に嫌だと、美織は強く思う。鬼灯の簪は魁から自分への最初の贈り物なのだ。

今までは、瑠花に望まれれば、そのようにしないといけないと思って生きてきたが、もうその頃の美織ではない。

あれだけは絶対に瑠花に渡したくない。どうしたらいいのかと頭を悩ませ、いっそ取りに行ってしまおうかと美織は考えついた。




現世への行き方はいくつかある。その内のひとつとして、魁の屋敷の離れにある水鏡と呼ばれる鏡面が常世と現世を繋ぐ道となっている。

ゆらりと世界を回転させながら、鏡面を通り抜けた美織は、天川家の庭の池の水面に立っていた。こんなこともできる様になったのねと、自分がすっかりあやかしと化していることに美織は小さく笑って、夜の暗闇の中を屋敷に向かってゆっくり歩き出した。

鬼灯の簪は祭壇に置いてあるだろうと予想し、美織は板の間を目指した。現世は夜であるのも幸いし、誰かと鉢合わせることなく進んで行けたが、目的の板の間から喋り声が聞こえてきて、足が止まる。