「あの子はもう鬼に食われて命を落としたのだから、二度とあの陰気な顔を見ずに済むのね。依代は鬼灯の簪でなくてはダメなの? あれは私のものなのだから、なんとかして返してもらえないかしら。素敵な物だもの。絶対に取り戻したいわ」
物欲に塗れた顔でそんなことを言う瑠花に対して、悔しさで涙がこぼれ落ちた瞬間、魁から鬼灯の簪を受け取った時の光景が美織の脳裏に蘇る。
連なるように、その時、微笑み合いながら交わした約束をも思い出し、美織はぼろぼろと涙をこぼす。
「美織!」
愛しい声に名を呼ばれ、勢いよく顔を上げると、宙に現れ出た亀裂の狭間から、魁が姿を現す。
「ここはいくつかの空間が連なる場所だから、そういうこともあることは理解していたが……突然、美織の姿が消えて、心の臓が止まるかと思った。良かった無事で」
しっかりと美織の手を掴んで、魁が笑みを浮かべた。その温かさに、美織の心の中が苦しいほどの愛おしさでいっぱいになっていく。
「魁様!」
美織は涙を流したまま、飛びつくように魁に抱きついた。魁もほんの一瞬驚いてみせるも、すぐにしっかりと華奢な体を抱きしめかえす。
魁の腕の中で、美織は自分が望む未来へ進むための覚悟を決めたのだった。
朱果の林から屋敷へと戻ってきたその夜、寝間着に着替えた美織は、月明かりの差し込む部屋の中、小さな台の上にいくつか重ね置かれてある朱果をぼんやりと見つめていた。
漂ってくる甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ時、「美織、入るぞ」と廊下から声がかけられ、襖が開かれた。
「具合はどうだ?」
部屋に入ってきたのは魁で、彼はゆっくりと歩み寄り、畳に片膝をつき、美織の額に触れる。
「少し熱いな。体調が万全でないのに気づいていたというのに、無理をさせて悪かった」
「いいえ、平気です。具合なんて、ちっとも悪くないわ」
言い張る美織に魁は苦笑いし、「ゆっくり休め」と囁きかけてから立ちあがろうとした彼の手を、美織はすぐさま掴む。
魁と目が合うと、少し不安そうに美織は瞳を揺らしたが、大きく息を吸い込んで、真っ直ぐ魁を見つめ返した。
「朱果の林にいた蛇の老婆から、この朱果は大切な門出を祝して食べることが多いと聞きました……魁様は、私を現世に帰すお考えなのですか?」