表情を明るくさせた美織とは逆に、老婆は伏し目がちに続きを口にする。
「しかし、それには大変な苦痛が伴う。男なら持ち堪えて、あやかしとなれる者も多いが、女はほぼ持ち堪えられず、命を落とす。現世に未練があるなら、長居せず戻ることをお勧めするよ」
美織はほんの一瞬言葉を失うも、まだ消えていない希望に追い縋るように言葉を紡ぐ。
「それでは、あなたはどうして、あやかしになれたのですか?」
「あやかしの子を身籠ったからさ。父と胎児、ふたつの霊力に助けられ、私は命を繋ぎ止めることができた。見た目は変わってしまったが、愛おしい蛇の側にいられるのだから、後悔はしていない」
そこで老婆は初めて幸せそうな微笑みを浮かべた。美織は動揺を隠しきれないまま「……身籠る」と老婆の言葉を繰り返す。
「この朱果は、大切な門出を祝して食されることが多い。魁様はお前さんを現世に帰すお考えで、この実を取りに来たのか。それとも……」
最後まではっきり言葉にせず、老婆は口を閉じると、不安そうに俯いている美織から木の上へと視線を昇らせ、目を細めた。
「ああ、あの実はちょうど良さそうだね。採って来るから、ここで待っているんだよ」
くるくると木に体を巻き付けるようにして、老婆は器用に木を登って行く。
美織はその姿を見上げていたが、突然、固かった地面が泥のように柔らかくなり、ふらりと体がぐらつく。
柔らかな泥の中へと、足から膝、腰と、まるで飲み込まれていくかのように、一気に美織の体は沈んでいった。
冷たい感覚に全身を覆われ、反射的に目をつぶるも、すぐに足の下に固い土を踏んでいる感触が戻ってきて、冷たさも引いていく。
目をゆっくりと開けると、美織は先ほどと変わらぬ林の中に立っていて、キョトンとする。
しかし、木に登った蛇の老婆の姿は見つけられず、振り返った先にいるはずの魁や天狗、牛車も見当たらない。
「魁様!」
大きな声で呼びかけるが、返事はない。その場を行ったり来たりするものの、やはり何の気配も感じられず、美織は不安で胸が苦しくなっていく。
老婆から迷子にならないでと忠告されていたにも関わらず、これでは立派な迷子だ。
私はなんて情けないのと気持ちが沈み、ため息をついた時、ふいに足元の水面に波紋が生まれ、身構えた美織の目に、瑠花の姿が映り込む。
「私は美織を必死に止めたの。でもあの子は欲に駆られて、鬼灯の簪を手にとってしまったの」
揺らめく水面が映し出す瑠花は目に涙を浮かべていて、尚人に対して必死に訴えかけていた。
かと思えば、親に前にして満面の笑みで笑う姿へと瑠花の様子が変化する。