そう言ってきた美しい男から美織は目を逸らさぬまま、コクリと頷く。

すると、男は毛布で小さい体をしっかりと包み込むようにして、そっと抱き上げたのだった。



尺八の音色に現実へと引き戻された美織は、溢れ出ていた涙をそっと指先で拭い、魁を見つめる。

両親を亡くす少し前、満月の夜に美織は常世に迷い込んでしまったことがあった。その時自分を保護してくれたのが……魁だった。

美織は体調を崩してしまったが、女中たちの手厚い看病のもと、しっかりと回復し、そのあと、魁に連れられて現世へと帰ることができたのだ。

常世で目にした物や出来事はすべて夢物語のようだった。そのため、現世へ戻ってから、すべて夢の中の出来事だったと美織は頭の中でそう折り合いをつけてしまったため、すっかり忘れてしまっていた。

しかし、今、八雲が吹いてくれている、高音と低音が交互に来る曲調は、聞いたことがある。

魁の元で体調もだいぶ回復してきたが、まだ布団で横になっているようにと命じられた時、暇を持て余している様子の美織のためにと、八雲が奏でてくれたものと同じだ。

そしてあの鬼灯の簪も、別れ際に魁から受け取ったような記憶がうっすらとある。その時、何か言われたような気もするが、あのような賭けだったかどうかまでは思い出せない。

美織は魁に感謝の念を伝えようとするが、うまく声が出せず、そんな自分が情けなくて肩を落とす。

そんな美織に魁は気付き、「そうだ」と側にあった小さな筒を手元に引き寄せた。

ぽんと軽快な音を立てて、先端の蓋を外し、中から橙色の飴玉を取り出すと、「口を開けろ」と美織に要求する。そして、素直に開けられた美織の口の中に飴玉を転がし入れた。


「これは俺が妖術を駆使して作り上げた、声が出せるようになる飴玉だ」


魁の言葉に美織は目を大きく見開き、甘い飴玉を真剣に味わい出す。そんな純真な美織に魁は微笑みかけて、「すまない。冗談だ。ただの飴玉だ」と白状した。

そっと細い肩へと手を回して、そのまま自分にもたれさせるように美織の体を引き寄せる。


「どんなにつたなくたって構わない。俺はまたお前の声を聞きたい」


魁の胸に寄りかかりながら、美織は頬を染める。

声を出せなくなった大元の原因は、両親が亡くなってしまったため。それは間違いないが、他にも要因はある。

美織の泣き声は、浅羽家の者たちを苛立たせた。

静かにしろと怒鳴りつけられたり、時には叩かれたりもした。

涙を我慢するようになっても、うるさい、喋るな、黙っていろ、声も聞きたくないと言われ続けて、美織が心の痛みが限界を迎えた時、声が出せなくなってしまったのだ。

まだ三日しか経っていないけれど、この場所は今までとは違うのを美織は感じていた。

気遣い、寄り添ってくれようとする女中たちや、気晴らしになればと笛を吹いてくれる僧、そして、声を聞きたいと言ってくれる彼がいる。