お腹がいっぱいで苦しいという感覚を久しぶりに味わいながら、おどろおどろしい姿形のあやかしたちが楽しそうに踊る姿を見ているうちに、疲れが出たのか、美織はその場で眠ってしまった。

翌日、美織は目覚めると同時に飛び起きて、まだ手足を食いちぎられていないことにホッとする。

その後やっと、自分が物置小屋などに放置された状態などではなく、立派な和室で、柔らかで汚れひとつないふかふかの布団に寝かされていたことを知る。

これは一体と混乱しているところに、お歯黒と狐顔の女中がやってきて、楽しそうに美織の世話をし始めた。

そして今まで着たことのない桜色の上等な着物に着替えたのち、鬼の元に連れていかれ、まるで案内でもされているかのように、彼と共に屋敷の中から庭の隅々までのんびりと歩き回ったのだった。



水色の生地に白の花が描かれている着物へと着替えが終わり、女中たちに「お可愛らしい」と褒められた美織は、気恥ずかしそうに綺麗に編み込まれた髪に触れながら、広々とした和室におずおずと足を踏み入れた。

そこにはくつろぐようにして座っているあの美しい鬼と、そして彼と向き合うように僧が座し、茶を啜っていた。

お歯黒と狐顔の女中は、鬼の彼に向かって頭を下げて告げる。


(かい)様、美織様のお着替えが終わりました」


鬼の彼は名を魁という。魁はまるで目で花を楽しむかのように美織を見つめ、満足そうに口角を上げた。そして自分の傍にある座布団をポンポンと叩く。


「美織、ここに座りなさい。八雲(やくも)が尺八を披露してくれるそうだ」


苦笑いを浮かべた僧は名を八雲というらしく、常に手元にあった錫杖は今日は見当たらず、代わりに彼の傍には尺八があった。

自分なんかが聴かせてもらっていいのだろうかと戸惑うが、好奇心には勝てず、美織は緊張気味に魁のそばへと歩み寄り、ちょこんと座布団に正座する。


「久しぶりに弾くゆえ、お聞き苦しいかもしれませんが」と苦笑いで前置きしてから、八雲は尺八を手に取った。

厳かに、そして優雅に音色を響かせながら、八雲が尺八を吹き始める。

時折目を閉じながら、心に染み渡る音色に耳を傾けていると、ふっと美織の中で、子供の頃の記憶が色鮮やかに蘇ってくる。



深い森に迷い込んでしまった幼い美織は、膝を抱えてうずくまり、不安と恐怖で泣いていた。

幾人かから心配そうに言葉をかけられても、何もかもが怖くて顔を上げられないでいたのだが、温かさにそっと包み込まれたことで、ようやく美織の涙が止まる。

顔を上げると、手触りの良い毛布が肩にかけられていて、目の前に大きな誰かが立っていた。


「迷い込んだ人間の子供よ。そんなに泣かずとも良い。現世まで案内してやろう」