静かに襖が開いた音を耳にし、美織はゆっくりと目を覚ました。

身じろぎし、新品の布団の上で、よいしょと体を起こすと、わずかにめまいがし、美織は頭を押さえる。手のひらに伝わってくる熱と、倦怠感に息をつくと、部屋の片隅で動いていた影が一気に美織へと迫ってきた。


「美織様、起こしてしまいましたね。少し顔色が悪いですけれど、大丈夫ですか?」


顔を近づけて喋りかけてきた相手に美織は驚き、身を強張らせる。具合の悪さを隠すようにふるふると首を横に振ってから、微笑んでみせた。


「まったくあんたってば、その顔を近づけるのをおよしよ。美織様が怖がっているじゃないか」


もうひとり、部屋の中の箪笥の前にいた狐顔の女中が慌てて振り返り、美織の目の前にいる同じく女中の彼女へと注意する。

美織が驚くのも仕方がない。彼女には目と鼻がなく、お歯黒の口だけがある状態だからだ。


「ああ私ったら。いつもの癖で。ごめんなさいね」


お歯黒の女中に対し、美織は先ほどよりも必死に首を横に振る。彼女が自分だけでなく他のあやかしに対して話しかけようとする時、同じように顔を近づけているのを何度も目にしているからだ。

そのため、自分で言うように顔を近づけてしまうのは癖であり、悪意があってのことではないと十分に理解している。

そのはずなのに、常世に来てから身の回りの世話をしてくれていて、何かと助けてくれている相手に対してこのような態度をとってしまうことを、美織は申し訳なく感じているのだ。


「美織様、本日のお召し物はこちらの水色の衣でいかがでしょう? 昨日の桜色も素敵でしたが、こちらもよくお似合いになると思いますよ」


狐顔の女が広げて見せてくれた綺麗な着物に美織は面食らいながら、ややぎこちなく頷き返す。それに狐顔の女は着物を軽く畳んで衣桁(いこう)にかけると、目を輝かせて腕捲りをした。


「それでは早速、お着替えといきましょうか」


宣言と共に、美織は布団の中から引っ張り出されることとなる。



美しき鬼に連れられて常世に来てからもう三日が経った。そして、狐顔の女中が言ったように、晩になると宴が開かれるのも二日連続続いており、そして今宵も催されるらしい。

最初の宴で自分は贄として食われるだろうと、美織は考えていた。

覚悟はしても恐怖で震えていたが、いざ宴が始まってみれば、鬼の隣に座した自分の目の前に豪華な食事が並べられ、客人扱いされていることに戸惑いが生まれる。

続けて、食事に毒が入っているのかもと考えるが、促されて食べたそれらはただただ美味しいばかりで、杞憂に終わった。