「おはようございます、奥様。お身体の具合はいかがでしょうか」
「おはよう、キュリティ。今日も診せとくれね。調子はどうたい?」
「なんとなくお腹が張っているような気がします」
その後、お腹はちょっとずつ大きくなっている。
妊娠の実感がようやく湧いてきた。
私のお腹に赤ちゃんがいるのか。
自分の体だけど自分だけの物ではないというのは、不思議な感覚だった。
「じゃあ、お腹を触るからね。横になっておくれ」
「お願いします」
「ほいよ、<イグザム>」
オールドさんが優しく私のお腹を撫でる。
これもまた日常の光景になりつつあった。
「……うん、赤ん坊も順調みたいだね。母子ともに経過は良好だよ。きっと、キュリティに似ている子どもだろうね」
「私はディアボロ様に似ているような気がします」
お腹を触りながら子どものことを考える。
色々あったけど、元気に生まれてきてくれるのが一番だ。
そのとき、王宮の方から悲鳴が聞こえてきた。
お屋敷は少し奥まったところにあるけど、それほど離れているわけではないから良く聞こえる。
何かに追われているような声だ。
「どうしたんでしょう」
「ずいぶんと騒がしいね」
「私が様子を見てまいります」
バーチュさんがお部屋から出て行く。
数分経たずに、勢い良くお部屋に入ってきた。
「奥様、大変でございます! すぐにお逃げください!」
バーチュさんはとても切羽詰まった表情をしている。
いつもの冷静な彼女からは想像できない。
「バーチュさん、どうしたんですか!?」
「王宮で呪いが氾濫しているのです!」
「「呪いが!?」」
慌てて窓から王宮を見る。
<見破りの目>を使わなくても、黒いオーラが見えた。
王宮全体を覆うようにまとわりついている。
「奥様、急いで避難しますよ! このままではお屋敷も危険です!」
「で、ですが、解呪の方はどうなっているんですか!?」
「解呪師たちが懸命に対処しておりますが、上手くいきません。どうやら、呪いの分析に手間取っているようです」
呪いは魔法の中でも特殊な存在だ。
正しいまじないで解除しないと、より大きく邪悪になってしまう。
魔法に疎い私でも、それくらいの知識は知っていた。
「でしたら……私が呪いの性質を見破ります」
<見破りの目>は魔法を見破る。
呪いにも効果があるはずだ。
「何言っているんだい、キュリティ! アンタが呪いに襲われたら大変だよ!」
「なりません! 王宮には専門の解呪師もたくさんいます! 彼らに任せましょう!」
「でも、このままでは皆さんが危ない目に遭ってしまいます!」
今も王宮は呪いに侵食されていた。
建物に染み込んで腐敗させているようだ。
放っておくと、人体にも影響が出るかもしれない。
「それに、王宮の外にも呪いが出てくるかもしれません。ここで解呪するのが大事だと思います」
「まぁ、それはそうだけどさ……キュリティは皇后なんだよ。何かあったらどうするのさ」
「私は……この子を守りたいのです」
大きくなってきたお腹を撫でる。
母としての自覚が湧いてきたような気がした。
「……奥様、<見破りの目>は呪いにどれくらい近づけば発動できますか?」
「バーチュ!」
「オールド様、私はこれでも一通り魔法が扱えます。奥様の身に危険が及ばないよう、防御魔法でお守りいたします」
オールドさんは渋い顔をしていたけど、やがて諦めたように呟いた。
「ったく! 何かあったらアンタをおぶってでも逃げるからね!」
「ありがとうございます、オールドさん……王宮にもう少し近づければ見破れると思います」
「ご安心ください。私が絶対にお守りいたします」
お部屋からでも王宮は見えるけど、少し距離が遠い。
しっかり見破るにはもっと近づかないと。
「では行きますよ、奥様。少しでも危険が及ぶようだったら、すぐに撤退します」
「はい、わかっています」
バーチュさんはいつにも増して真剣な表情をしている。
無理を承知でお願いしたんだ。
私も気を引き締める。
「<セイクリッド・バリア>」
バーチュさんが魔法を唱える。
私たちを白っぽいバリアが覆った。
魔力のオーラが何層にも重なっている。
「こりゃあ、ドラゴンのブレスにも耐えられるっていう防御魔法じゃないかい……!」
「す、すごい! バーチュさんはこんな魔法も使えるんですね!」
「私にできる最高峰の防御魔法でございます。では参りましょう」
バリアに守られながら慎重に歩き出す。
王宮が少しずつ近づいてきた。
呪いはうねるようにして建物にまとわりついている。
ここまで来れば見破れるはず……魔力を目に集中した。
<見破りの目>!
少しずつ状況が掴めてくる。
黒いオーラの中に不審な魔力の流れが見えた。
建物を腐食するだけじゃなくて、魔力を送り込んでいる。
「この呪いは無機物を操作できるタイプの呪いです!」
大きな声で叫ぶ。
集まっていた解呪師や魔法使いたちがこっちに気づいた。
「「あ、あなたはいったい……!? それより、今言ったことは誠ですか!?」」
「この子は王宮の保安検査場で働いてたんだ! 魔法を見破る力は一級品さ! アタシが保証するよ」
すかさず、オールドさんが私の代わりに言ってくれた。
解呪師たちも互いにうなずく。
「「まずは小さな力で魔力を込めてみよう! <ディスペル・タイプ・オペレーション>……ほんとだ! 効いているぞ!」」
彼らの放った魔力が呪いに当たると、そこだけキレイに消えた。
でも、少し経つとまた復活してしまった。
ということは……。
「どこかに呪いを生み出している元凶があるはずです!」
「「元凶ですって!?」」
「みんなで探しましょう!」
呪いに注意しつつ辺りを探す。
きっと、この近くにあるはず。
「「……あった! あれではありませんか!?」」
解呪師の人たちが近くの森を指した。
木陰に大きな箱が置かれていた。
呪いと同じ黒いオーラがにじみ出ている。
あれが元凶に違いない。
「「みんな、絶対に解呪するぞ! 最後まで気を抜くな、<ディスペル・タイプ・オペレーション>!」」
解呪師たちがいっせいに魔力を込める。
箱から黒いオーラが消え去り、王宮を覆っていた呪いも消えていった。
バーチュさんが慎重に箱へ近づく。
「おそらく、公爵家の名を騙った呪われた荷物が送りこまれたようですね」
表面には、薄っすらと公爵家の名前と家紋が見える。
「どうしてそんな物が王宮に入ってきたのでしょう」
「……保安検査をすり抜けてしまったようです。何はともあれ、奥様のおかげで王宮は救われました。今は喜びましょう」
「「呪いの種類を見破ってくれてありがとうござました! おかげで迅速に対処することができましたよ!」」
解呪師や魔法使いたちが集まってくる。
みんな私の手を取り、口々にお礼を言ってくれた。
良かった、呪いが無事に解けて。
お腹が揺れないように気をつけて喜んだ。
□□□
「キュリティ、調子は大丈夫かい? あんなことがあって疲れたろう」
「やっぱり疲れましたね。でもちょっとだけです」
それから少しして、私はオールドさんの診察を受けながらベッドに横たわっていた。
バーチュさんは後始末があるみたいで、一足早く王宮に戻っている。
と、そのとき、扉がノックされ大柄な男性が入ってきた。
ディアボロ様だ。
「具合はどうだ、キュリティ。今日は大変だったな」
「いえ、ディアボロ様の方が大変だったと思います」
「キュリティが呪いの種類を見破ってくれたと聞いて、私は正直倒れそうになった。君に何かあったらどうしようかと思ってな」
ディアボロ様は優しく微笑んでいた。
オールドさんもからかったりせず、静かに見守ってくれている。
「お忙しい中、いつも様子を見に来てくださりありがとうございます」
ディアボロ様は毎日欠かさず私のお部屋に来てくれる。
そのお顔をみるだけで安心できる自分がいた。
「妻と子のことを気遣うのは、夫として当たり前だろう。それに、お礼を言うのは私の方だ。王宮と私たちの子を守ってくれてありがとう」
「ディアボロ様……」
「キュリティ、君たちが無事で本当によかった」
ディアボロ様は私の手を優しく握りしめてくれた。
「おはよう、キュリティ。今日も診せとくれね。調子はどうたい?」
「なんとなくお腹が張っているような気がします」
その後、お腹はちょっとずつ大きくなっている。
妊娠の実感がようやく湧いてきた。
私のお腹に赤ちゃんがいるのか。
自分の体だけど自分だけの物ではないというのは、不思議な感覚だった。
「じゃあ、お腹を触るからね。横になっておくれ」
「お願いします」
「ほいよ、<イグザム>」
オールドさんが優しく私のお腹を撫でる。
これもまた日常の光景になりつつあった。
「……うん、赤ん坊も順調みたいだね。母子ともに経過は良好だよ。きっと、キュリティに似ている子どもだろうね」
「私はディアボロ様に似ているような気がします」
お腹を触りながら子どものことを考える。
色々あったけど、元気に生まれてきてくれるのが一番だ。
そのとき、王宮の方から悲鳴が聞こえてきた。
お屋敷は少し奥まったところにあるけど、それほど離れているわけではないから良く聞こえる。
何かに追われているような声だ。
「どうしたんでしょう」
「ずいぶんと騒がしいね」
「私が様子を見てまいります」
バーチュさんがお部屋から出て行く。
数分経たずに、勢い良くお部屋に入ってきた。
「奥様、大変でございます! すぐにお逃げください!」
バーチュさんはとても切羽詰まった表情をしている。
いつもの冷静な彼女からは想像できない。
「バーチュさん、どうしたんですか!?」
「王宮で呪いが氾濫しているのです!」
「「呪いが!?」」
慌てて窓から王宮を見る。
<見破りの目>を使わなくても、黒いオーラが見えた。
王宮全体を覆うようにまとわりついている。
「奥様、急いで避難しますよ! このままではお屋敷も危険です!」
「で、ですが、解呪の方はどうなっているんですか!?」
「解呪師たちが懸命に対処しておりますが、上手くいきません。どうやら、呪いの分析に手間取っているようです」
呪いは魔法の中でも特殊な存在だ。
正しいまじないで解除しないと、より大きく邪悪になってしまう。
魔法に疎い私でも、それくらいの知識は知っていた。
「でしたら……私が呪いの性質を見破ります」
<見破りの目>は魔法を見破る。
呪いにも効果があるはずだ。
「何言っているんだい、キュリティ! アンタが呪いに襲われたら大変だよ!」
「なりません! 王宮には専門の解呪師もたくさんいます! 彼らに任せましょう!」
「でも、このままでは皆さんが危ない目に遭ってしまいます!」
今も王宮は呪いに侵食されていた。
建物に染み込んで腐敗させているようだ。
放っておくと、人体にも影響が出るかもしれない。
「それに、王宮の外にも呪いが出てくるかもしれません。ここで解呪するのが大事だと思います」
「まぁ、それはそうだけどさ……キュリティは皇后なんだよ。何かあったらどうするのさ」
「私は……この子を守りたいのです」
大きくなってきたお腹を撫でる。
母としての自覚が湧いてきたような気がした。
「……奥様、<見破りの目>は呪いにどれくらい近づけば発動できますか?」
「バーチュ!」
「オールド様、私はこれでも一通り魔法が扱えます。奥様の身に危険が及ばないよう、防御魔法でお守りいたします」
オールドさんは渋い顔をしていたけど、やがて諦めたように呟いた。
「ったく! 何かあったらアンタをおぶってでも逃げるからね!」
「ありがとうございます、オールドさん……王宮にもう少し近づければ見破れると思います」
「ご安心ください。私が絶対にお守りいたします」
お部屋からでも王宮は見えるけど、少し距離が遠い。
しっかり見破るにはもっと近づかないと。
「では行きますよ、奥様。少しでも危険が及ぶようだったら、すぐに撤退します」
「はい、わかっています」
バーチュさんはいつにも増して真剣な表情をしている。
無理を承知でお願いしたんだ。
私も気を引き締める。
「<セイクリッド・バリア>」
バーチュさんが魔法を唱える。
私たちを白っぽいバリアが覆った。
魔力のオーラが何層にも重なっている。
「こりゃあ、ドラゴンのブレスにも耐えられるっていう防御魔法じゃないかい……!」
「す、すごい! バーチュさんはこんな魔法も使えるんですね!」
「私にできる最高峰の防御魔法でございます。では参りましょう」
バリアに守られながら慎重に歩き出す。
王宮が少しずつ近づいてきた。
呪いはうねるようにして建物にまとわりついている。
ここまで来れば見破れるはず……魔力を目に集中した。
<見破りの目>!
少しずつ状況が掴めてくる。
黒いオーラの中に不審な魔力の流れが見えた。
建物を腐食するだけじゃなくて、魔力を送り込んでいる。
「この呪いは無機物を操作できるタイプの呪いです!」
大きな声で叫ぶ。
集まっていた解呪師や魔法使いたちがこっちに気づいた。
「「あ、あなたはいったい……!? それより、今言ったことは誠ですか!?」」
「この子は王宮の保安検査場で働いてたんだ! 魔法を見破る力は一級品さ! アタシが保証するよ」
すかさず、オールドさんが私の代わりに言ってくれた。
解呪師たちも互いにうなずく。
「「まずは小さな力で魔力を込めてみよう! <ディスペル・タイプ・オペレーション>……ほんとだ! 効いているぞ!」」
彼らの放った魔力が呪いに当たると、そこだけキレイに消えた。
でも、少し経つとまた復活してしまった。
ということは……。
「どこかに呪いを生み出している元凶があるはずです!」
「「元凶ですって!?」」
「みんなで探しましょう!」
呪いに注意しつつ辺りを探す。
きっと、この近くにあるはず。
「「……あった! あれではありませんか!?」」
解呪師の人たちが近くの森を指した。
木陰に大きな箱が置かれていた。
呪いと同じ黒いオーラがにじみ出ている。
あれが元凶に違いない。
「「みんな、絶対に解呪するぞ! 最後まで気を抜くな、<ディスペル・タイプ・オペレーション>!」」
解呪師たちがいっせいに魔力を込める。
箱から黒いオーラが消え去り、王宮を覆っていた呪いも消えていった。
バーチュさんが慎重に箱へ近づく。
「おそらく、公爵家の名を騙った呪われた荷物が送りこまれたようですね」
表面には、薄っすらと公爵家の名前と家紋が見える。
「どうしてそんな物が王宮に入ってきたのでしょう」
「……保安検査をすり抜けてしまったようです。何はともあれ、奥様のおかげで王宮は救われました。今は喜びましょう」
「「呪いの種類を見破ってくれてありがとうござました! おかげで迅速に対処することができましたよ!」」
解呪師や魔法使いたちが集まってくる。
みんな私の手を取り、口々にお礼を言ってくれた。
良かった、呪いが無事に解けて。
お腹が揺れないように気をつけて喜んだ。
□□□
「キュリティ、調子は大丈夫かい? あんなことがあって疲れたろう」
「やっぱり疲れましたね。でもちょっとだけです」
それから少しして、私はオールドさんの診察を受けながらベッドに横たわっていた。
バーチュさんは後始末があるみたいで、一足早く王宮に戻っている。
と、そのとき、扉がノックされ大柄な男性が入ってきた。
ディアボロ様だ。
「具合はどうだ、キュリティ。今日は大変だったな」
「いえ、ディアボロ様の方が大変だったと思います」
「キュリティが呪いの種類を見破ってくれたと聞いて、私は正直倒れそうになった。君に何かあったらどうしようかと思ってな」
ディアボロ様は優しく微笑んでいた。
オールドさんもからかったりせず、静かに見守ってくれている。
「お忙しい中、いつも様子を見に来てくださりありがとうございます」
ディアボロ様は毎日欠かさず私のお部屋に来てくれる。
そのお顔をみるだけで安心できる自分がいた。
「妻と子のことを気遣うのは、夫として当たり前だろう。それに、お礼を言うのは私の方だ。王宮と私たちの子を守ってくれてありがとう」
「ディアボロ様……」
「キュリティ、君たちが無事で本当によかった」
ディアボロ様は私の手を優しく握りしめてくれた。