「少しずつ腹が膨らんできているね、キュリティ。赤ん坊も順調に育っている証拠だよ」
「はい、このまま元気に育ってほしいです」
「奥様の経過を聞いて、皇帝様も喜んでいらっしゃいます」

 フローさんの病気が治ってから少しして、私のお腹もちょっとずつ膨らんできていた。
 なんとなくお腹も重くなってきたような気がする。
 お腹の重みが増す度に、妊娠の実感が湧くようだった。
 とは言っても、日常生活にはなんら問題ない。
 今日もお仕事をするつもりだった。

「では、さっそく今日のお散歩に行きましょう。私、準備万端です」
「奥様、決して無理はなさないようにお願いします」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。キュリティなら何があっても平気さ。アタシは王宮で用事があるから二人で行っておいで」

 そういうことで、この日の散歩は私とバーチュさんで行くことになった。
 花は今日もキレイに咲いている。
 豊かな香りで胸がいっぱいだ。

「お花の中を歩いているだけで楽しい気持ちになりますね」
「そう言っていただけると、私も嬉しいです」
「……ん? あれ?」
「どうかされましたか、奥様」

 少し歩いていたら何か違和感を覚えた。
 木の周囲がなんか変だ。
 なんとなく風景がぐにゃっとしているような気がする。
 
「バーチュさん、あそこに何かありませんか?」
「あそこ……でございますか? 申し訳ございません、私にはなんとも……」

 バーチュさんには何も見えていないようだ。
 もしかして……。
 魔力を目に集中させる。

――<見破りの目>!

 木の方をじっくり見ていると、だんだんハッキリしてきた。
 人型のような魔力のオーラが見える。
 周りの風景と同じように見せているらしい。
 さらに魔力を集中するとハッキリしてきた。
 誰か……いや、怪しい男の人が隠れている!

「バーチュさん、あそこに誰かいます!」
「誠でございますか、奥様!」
「チィッ……!」

 男が動いた瞬間、魔力のオーラが消え去った。
 どうやら、動くと解けてしまう魔法らしい。
 男はナイフを構え、こちらに突進してくる。

「うわぁっ!」
「奥様、お下がりください! 侵入者でございます!」
「死ねぇ!」
 
 バーチュさんは私の前に立ちはだかった。
 目にも止まらぬ速さで男の腕を叩く。

「はっ!」
「うぐっ!」

 男の手からナイフが落ちる。
 すかさず、バーチュさんが取り押さえた。
 かなり力を込めているようで、男は身動きもできない。

「おとなしくしなさい」
「ク、クソッ! 俺は特等魔術師だぞ! どうして、俺の擬態魔法が見破られたんだ!」

 男は押さえつけられながら大騒ぎしている。
 この人は特等魔術師なのか。
 ヒュージニア帝国内でもわずか十数人しかいないほどの使い手ということになる。

「衛兵!! 今すぐこちらに来てくださいませ!!」
「「どうされましたか!? 大丈夫ですか!?」」

 すぐに衛兵たちが集まってきて、男を捕らえてくれた。
 もう大丈夫だ。
 ホッと一息つく。

「奥様、お怪我はございませんでしたか!?」

 男を衛兵に引き渡すと、バーチュさんが大慌てで駆け寄ってきた。
 初めてみるくらい心配そうな顔をしている。

「は、はい、大丈夫です。バーチュさんが守ってくれたので」
「何はともあれ、奥様にお怪我がなくて安心いたしました。さあ、今日はもうお部屋に戻りましょう」
「は……い……」

 バーチュさんに付き添われて歩き出したけど、足が前に出ない。
 それどころか、頭までぼんやりしてきた。

「奥様……? どうされましたか、奥様!」
「い、いえ……大丈夫……で、す」

 急にフラフラしてきて、座り込んでしまった。
 思い返せば、ずっと緊張していた。
 おそらく、魔力を使いすぎたのだろう。
 そのまま、私は意識を失ってしまった。


□□□


「……うっ……ここは……」

 目を開けたら白い天井が見えた。
 身体はふかふかの毛布にくるまれている。
 私はお部屋のベッドに寝ていた。

「目が覚めたかい、キュリティ。ああ、良かった。アンタが倒れたと聞いてすっ飛んできたよ」
「オ……オールドさん……」

 ベッドの脇にはオールドさんがいた。
 心配そうな顔で私の手を握っている。
 
「侵入者を見つけたんだって? 大変な目に遭っちまったねぇ。でも、そいつはもう監獄に入れられたから安心しなね」
「それならよかったです。私もさすがにビックリしました」
「なかなか手練れの魔術師だったみたいでね。王宮の警備をすり抜けちまったのさ」

 王宮にだって一流の魔術師たちが揃っている。 
 それをかいくぐるくらいだから、やはり力のある人物だったのだろう。

「アンタには疲れが溜まっていたんだろうね。アタシも気づけなくてごめんよ」

 オールドさんはいるけど、バーチュさんはいなかった。
 
「あの、バーチュさんはどちらですか? 助けてくれたお礼をまだちゃんと言えていないんです」
「アンタが目を覚ましたら、すぐにディア坊主を呼びに行ったよ」

 オールドさんが話し終わるや否や、お部屋の前がドタバタした。

「キュリティ、大丈夫か!?」

 勢い良く扉が開きディアボロ様が入ってきた。
 走ってきたようで、ゼイゼイハアハアと息切れしている。
 ベッドに座っている私を見ると、すぐにホッとしたような顔になった。

「良かった……大丈夫なようだな」
「ディアボロ様、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。ただ疲れで倒れてしまっただけですので大丈夫です」
「キュリティが謝る必要はまったくない。しかし……あってはならないことだ。君には多大な心配と迷惑をかけてしまったな。申し訳ない」

 ディアボロ様は頭を抱えて深刻な顔をしている。
 その様子から、心の底から私の身を案じてくれたのだとわかった。

「ディア坊主、とりあえず座りなさんな。キュリティは大丈夫だよ。疲労が溜まっていただけさ」
「ああ、座らせてもらおう。……取り調べの結果、侵入者は隣国の密偵だったようだ。相当の術士らしい。王宮にも手練れの警備隊が集まっているが、彼らを欺けるほどの腕前だからな」
「いったい何が目的だったのでしょう」

 あのとき捕まえられて幸運だった。 
 野放しにしたら何をするかわからない。

「まだ調べているが、おそらく私を暗殺するために情報を集めていたんだろう」
「えっ!? ディセント様の暗殺なんて……」
「ヒュージニア帝国の周りは、政情が安定しているとは言い難い。だから、私の命を狙う者も少なからずいるんだ。警備をもっと厳重にするよう伝えてきたから、もう大丈夫だろうとは思うが」

 ディアボロ様を殺そうとしていたのか……。
 やっぱり、密偵たちが考えることは怖い。
 取り逃していたらと思うと、恐怖でぶるっと体が震えるようだった。

「ディアボロ様がご無事でよかったです」
「これもキュリティのおかげだ。手練れの魔術師を見破るなんて、君はすごい力を持っているな。王宮にとっても欠かせない人間だ」
「でも、捕まえてくれたのはバーチュさんです……そういえば、バーチュさんはどちらにいらっしゃるのですか? ちゃんとお礼を言いたいのですが」
「彼女は密偵を捕まえたときの状況を話に行っている。時期に戻るだろう。彼女に会ったら伝えておく」

 ああ、そうか。
 大事な目撃者だもんね。
 そして、ディセント様は立ち上がった。

「念のため、今日はバーチュに夜通し見張りと護衛を頼んでおいた。君のことは何があっても絶対に守るから安心しなさい」
「アタシもしばらくは、この屋敷で寝泊まりするよ。こう見えても意外と力が強いんだ」
「ありがとうございます。とても心強いです」

 ベッドに横たわると、すぐに瞼が重くなってきた。
 あんなことがあったわけだけど、不思議と怖い気持ちはない。
 オールドさんがいれば、バーチュさんがいれば……いや、それよりも……。

――ディアボロ様がいれば全然怖くない。

 安心した気持ちで夢の世界に誘われていった。