「奥様、お身体の具合はいかがでしょうか」
「ええ、特に変わりありません」
その後、毎日バーチュさんにお世話をされ、オールドさんの診察を受けていた。
相変わらず、私のお腹はちっとも膨らんでいない。
本当に赤ちゃんがいるのか不思議だった。
「キュリティ、赤ん坊がいる実感はあるかい?」
「いえ、なんとなく変な感じがするんですが……本当に赤ちゃんがいるんですか?」
「まぁ、まだそんなもんだろうね。そのうち嫌でも腹が膨れてくるよ」
オールドさんのざっくばらんな物言いに、バーチュさんは表情が硬くなった。
「……オールド様、腹が膨れるなどという言い方はよろしくないかと」
「うるさいね、事実なんだから文句ないだろ。膨れるものは膨れるんだよ」
「ふふっ」
二人のやり取りが面白くて、少し笑ってしまった。
「どうされましたか、奥様」
「あ、いや、お二人を見ているとこちらまで楽しくなってしまいまして」
バーチュさんたちは不思議そうに顔を見合わしている。
「それはそうと奥様。ご不安なことばかりでしょうけど、大丈夫ですか? 困ったことがあったら、何でも仰ってくださいませ」
「いえ、お二人のおかげで毎日安心して暮らせています」
二人とも本当に優しいから、不安なんて少しもなかった。
「じゃあ、アタシはそろそろ王宮に戻るけどね。何かあったらすぐ呼ぶんだよ」
「はい、ありがとうございます」
そう言うと、オールドさんはお部屋から出て行った。
バーチュさんはキッチンで洗い物をしている。
そこで、彼女に前から思っていたことを尋ねた。
「あの、バーチュさん。ちょっとお話してもいいですか?」
「どうぞ好きなだけお話しくださいませ」
「私はどんなお仕事をすればいいですか?」
「……はい? お仕事……でございますか?」
バーチュさんは皿洗いの手を止めて、きょとんと私を見ている。
「こんなに良くしてくださっているのに、私だけ何もしないのは申し訳ないですから」
「何を仰いますか。奥様は座っているだけでいいんですよ。皇帝様からもそのように伝えられております」
ディアボロ様は申し訳ないほど気遣ってくれているようだ。
とはいえ、何もしないわけにはいかなかった。
本来なら私はここに居られる身分ではない。
私なんかを大事にしてくれる人たちに、少しでも恩返しをしたかった。
「私にも何かお仕事をください。そうだ、バーチュさんのお手伝いをします。私の世話のお手伝いはどうすればいいですか?」
「断じてなりません。奥様のお世話をする私の手伝いをされても意味がありません」
「ま、まぁ、そう言われるとそうですが……」
「奥様はごゆるりとお休みくださいませ」
バーチュさんは淡々と皿洗いを続ける。
彼女からは、もうこの話はおしまいです、というオーラが出ていた。
だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
「でも、ただ座っているだけではその方が体に良くないと思います。少しくらい動いた方が私にも……そして、お腹の赤ちゃんにとっても良いと思います」
「ふむ……なるほど、それは一理ございますね。運動した方が健康には良いかもしれません」
「運動がてらお仕事するのはいかがでしょうか」
すると、バーチュさんはじっ……と私を見てきた。
彼女特有の癖なのかもしれない。
「……では、オールド様に確認してまいります」
そう言って、バーチュさんはお部屋から出て行った。
なんだか不思議な人だな。
もちろん、とても良い人なんだけど、どこか掴みどころがないというか……。
やっぱり不思議な人だ。
そんなことを考えていたら、オールドさんと一緒に戻ってきた。
「キュリティ、部屋から出たいんだって? そりゃそうだ。こんな殺風景な部屋にいたってしょうがないもんねぇ」
「いや、ずっと気遣っていただくのも申し訳なくて」
「別に気にしなくていいのに。アンタは皇帝の妻なんだから、もっと偉そうにしていればいいのさ」
ガハハと笑っているオールドさんを、バーチュさんはキッと睨みつけた。
「オールド様はご自身の言動をお気にされた方がよろしいかと……」
「なんだい、アンタも小言が多いねぇ」
わかってはいたけど、オールドさんは神経が図太いらしい。
「とはいえ、妊婦でも少し歩いたりした方が健康に良いのはたしかだね。経過も順調そうだし、散歩はおすすめするよ。もちろん、無理しない範囲でね」
「では、奥様はお屋敷の散歩をしていただくのがお仕事、ということでよろしいですね?」
バーチュさんはキリッとした顔で私を見た。
「え……いや、でもやっぱりちゃんとしたお仕事の方が……」
「よろしいですね?」
「は、はい」
頑張って抵抗したけど、結局、バーチュさんの圧に負けてしまった。
散歩がお仕事なんて申し訳ないのに……。
ということで、私たちはお屋敷の外に向かう。
思い出したようにオールドさんが話しかけてきた。
「そういえば、アンタは魔法を見破れるんだっけ?」
「はい、そうなんです。<見破りの目>は魔法の種類や性質を見破ることができるんです」
「ふ~ん、そいつは便利じゃないか」
私にできるのは見破ることまでで、実際の解呪だったりは専門の人にお願いしていた。
「王宮では荷物検査の仕事をしてました」
「もったいないねぇ。アタシならもっと荒稼ぎできそうな仕事をするよ。王宮の給料なんて安月給だろう」
バーチュさんがさりげなく睨みつける。
またしても、オールドさんは平然としていた。
やがて、思いついたように私に言う。
「そうだ、キュリティ。そんなに仕事がしたいんなら一つ頼んでもいいかい?」
「はい、ぜひお願いします!」
やった、待ち望んでいたお仕事だ。
嬉しくて勢い良く返事をした。
バーチュさんの表情はさらに固くなったけど。
「屋敷にフローって子がいてね。病気になっているんだけど、原因がわからないんだよ。様子を一緒に見てくれるかい? アンタが見てくれたら、原因がわかるかもしれないよ」
「フローさん……ですか?」
どなただろう。
お屋敷の使用人の方かしら。
疑問に感じていたら、バーチュさんが教えてくれた。
「フローとは、お屋敷で一緒に暮らしているフェンリルです」
「ええ、特に変わりありません」
その後、毎日バーチュさんにお世話をされ、オールドさんの診察を受けていた。
相変わらず、私のお腹はちっとも膨らんでいない。
本当に赤ちゃんがいるのか不思議だった。
「キュリティ、赤ん坊がいる実感はあるかい?」
「いえ、なんとなく変な感じがするんですが……本当に赤ちゃんがいるんですか?」
「まぁ、まだそんなもんだろうね。そのうち嫌でも腹が膨れてくるよ」
オールドさんのざっくばらんな物言いに、バーチュさんは表情が硬くなった。
「……オールド様、腹が膨れるなどという言い方はよろしくないかと」
「うるさいね、事実なんだから文句ないだろ。膨れるものは膨れるんだよ」
「ふふっ」
二人のやり取りが面白くて、少し笑ってしまった。
「どうされましたか、奥様」
「あ、いや、お二人を見ているとこちらまで楽しくなってしまいまして」
バーチュさんたちは不思議そうに顔を見合わしている。
「それはそうと奥様。ご不安なことばかりでしょうけど、大丈夫ですか? 困ったことがあったら、何でも仰ってくださいませ」
「いえ、お二人のおかげで毎日安心して暮らせています」
二人とも本当に優しいから、不安なんて少しもなかった。
「じゃあ、アタシはそろそろ王宮に戻るけどね。何かあったらすぐ呼ぶんだよ」
「はい、ありがとうございます」
そう言うと、オールドさんはお部屋から出て行った。
バーチュさんはキッチンで洗い物をしている。
そこで、彼女に前から思っていたことを尋ねた。
「あの、バーチュさん。ちょっとお話してもいいですか?」
「どうぞ好きなだけお話しくださいませ」
「私はどんなお仕事をすればいいですか?」
「……はい? お仕事……でございますか?」
バーチュさんは皿洗いの手を止めて、きょとんと私を見ている。
「こんなに良くしてくださっているのに、私だけ何もしないのは申し訳ないですから」
「何を仰いますか。奥様は座っているだけでいいんですよ。皇帝様からもそのように伝えられております」
ディアボロ様は申し訳ないほど気遣ってくれているようだ。
とはいえ、何もしないわけにはいかなかった。
本来なら私はここに居られる身分ではない。
私なんかを大事にしてくれる人たちに、少しでも恩返しをしたかった。
「私にも何かお仕事をください。そうだ、バーチュさんのお手伝いをします。私の世話のお手伝いはどうすればいいですか?」
「断じてなりません。奥様のお世話をする私の手伝いをされても意味がありません」
「ま、まぁ、そう言われるとそうですが……」
「奥様はごゆるりとお休みくださいませ」
バーチュさんは淡々と皿洗いを続ける。
彼女からは、もうこの話はおしまいです、というオーラが出ていた。
だけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
「でも、ただ座っているだけではその方が体に良くないと思います。少しくらい動いた方が私にも……そして、お腹の赤ちゃんにとっても良いと思います」
「ふむ……なるほど、それは一理ございますね。運動した方が健康には良いかもしれません」
「運動がてらお仕事するのはいかがでしょうか」
すると、バーチュさんはじっ……と私を見てきた。
彼女特有の癖なのかもしれない。
「……では、オールド様に確認してまいります」
そう言って、バーチュさんはお部屋から出て行った。
なんだか不思議な人だな。
もちろん、とても良い人なんだけど、どこか掴みどころがないというか……。
やっぱり不思議な人だ。
そんなことを考えていたら、オールドさんと一緒に戻ってきた。
「キュリティ、部屋から出たいんだって? そりゃそうだ。こんな殺風景な部屋にいたってしょうがないもんねぇ」
「いや、ずっと気遣っていただくのも申し訳なくて」
「別に気にしなくていいのに。アンタは皇帝の妻なんだから、もっと偉そうにしていればいいのさ」
ガハハと笑っているオールドさんを、バーチュさんはキッと睨みつけた。
「オールド様はご自身の言動をお気にされた方がよろしいかと……」
「なんだい、アンタも小言が多いねぇ」
わかってはいたけど、オールドさんは神経が図太いらしい。
「とはいえ、妊婦でも少し歩いたりした方が健康に良いのはたしかだね。経過も順調そうだし、散歩はおすすめするよ。もちろん、無理しない範囲でね」
「では、奥様はお屋敷の散歩をしていただくのがお仕事、ということでよろしいですね?」
バーチュさんはキリッとした顔で私を見た。
「え……いや、でもやっぱりちゃんとしたお仕事の方が……」
「よろしいですね?」
「は、はい」
頑張って抵抗したけど、結局、バーチュさんの圧に負けてしまった。
散歩がお仕事なんて申し訳ないのに……。
ということで、私たちはお屋敷の外に向かう。
思い出したようにオールドさんが話しかけてきた。
「そういえば、アンタは魔法を見破れるんだっけ?」
「はい、そうなんです。<見破りの目>は魔法の種類や性質を見破ることができるんです」
「ふ~ん、そいつは便利じゃないか」
私にできるのは見破ることまでで、実際の解呪だったりは専門の人にお願いしていた。
「王宮では荷物検査の仕事をしてました」
「もったいないねぇ。アタシならもっと荒稼ぎできそうな仕事をするよ。王宮の給料なんて安月給だろう」
バーチュさんがさりげなく睨みつける。
またしても、オールドさんは平然としていた。
やがて、思いついたように私に言う。
「そうだ、キュリティ。そんなに仕事がしたいんなら一つ頼んでもいいかい?」
「はい、ぜひお願いします!」
やった、待ち望んでいたお仕事だ。
嬉しくて勢い良く返事をした。
バーチュさんの表情はさらに固くなったけど。
「屋敷にフローって子がいてね。病気になっているんだけど、原因がわからないんだよ。様子を一緒に見てくれるかい? アンタが見てくれたら、原因がわかるかもしれないよ」
「フローさん……ですか?」
どなただろう。
お屋敷の使用人の方かしら。
疑問に感じていたら、バーチュさんが教えてくれた。
「フローとは、お屋敷で一緒に暮らしているフェンリルです」