「わ、私と皇帝様が……夫婦になるのですか!?」
思わず素っとん狂な声を出してしまった。
思いもよらないどころか想像もしないお願いだ。
「ああ、そうだ。とは言っても、ほとんど形式上の関係だ。当然だが、君に手を出すつもりはない」
「ダ、ダメです! 私のような者を妻にしては、皇帝様の評判が悪くなってしまいます!」
私は貴族といえど、しがない男爵家の娘だ。
とてもじゃないけど釣り合わない。
皇帝様の妻になるのは、公爵家の令嬢だったり他国の姫様が普通だろう。
私みたいな下級の人間が妻になったら、皇帝様に迷惑がかかってしまう。
「これは完全に私のミスだ。君にはいくら謝っても謝り切れない。せめて……責任を取らせてほしい」
「で、ですから、そんなに頭を下げられては……!」
皇帝様は深く深く頭を下げている。
その真摯な態度を見ていると、恐怖心などはいつの間にか消え去っていた。
「君の、いや、君たちのためにできることなら何でもさせてほしいんだ」
「皇帝様……」
仕事を奪われた私に生きていく術はない。
両親もシホルガの言いなりなので、実家に帰っても無駄だろう。
新しく仕事を探すにしても、身重の体では何ができるかわからない。
何よりお腹の赤ちゃんを思うと、皇帝様といるのが一番安心できる気がした。
「……わかりました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
ベッドの上でぺこりとお辞儀した。
ひとまずは、皇帝様に私の身を預けようと思う。
「ありがとう、キュリティ。良かった……」
皇帝様はホッとしたような表情だ。
「私たちの関係を公にするのは、もう少し待ってからにしよう。もちろん、君には絶対に不自由はさせない。衣類も装飾品も食事も、全て最高品質の物を用意する」
「そ、そこまでしていただかなくても大丈夫でございます。私は服や宝石にそれほど興味はありませんので」
「だが、何もしないわけにはいかないだろう」
「いえ、いいんです」
なおも断る私を、皇帝様は不思議な顔で見ていた。
「私は……皇帝様に気遣っていただけるだけで嬉しいです」
そう、これは私の本心だった。
思い返せば、フーリッシュ様やシホルガに見下される毎日だった。
皇帝様の優しい気持ちは私の心を癒してくれる。
「そうか。まぁ、何か欲しい物があったら遠慮せず言いなさい。あと、私のことは皇帝様と呼ばなくていい」
「い、いや、しかし……で、でしたらなんとお呼びすればいいでしょうか?」
皇帝様は私たちにとっては雲の上にいるような人だ。
呼び方一つとっても非常に迷う。
「甲斐性なしの迷惑男でも、ダメ男でも何でもいい。好きに呼んでくれ」
「アタシみたいにディア坊主でもいいよ。もしくはクソガキとかかね」
さすがにそんな呼び方はできるわけもない。
相手は帝国の皇帝なのだ。
「で、では……ディアボロ様と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか」
「君がそれでいいのなら、そう呼んでくれ」
ということで、恐れ多くもお名前で呼ぶことで落ち着いた。
「さて、すまないが私はもう王宮に戻らねばならん。あとで世話係のバーチュというメイドを来させる。困ったことがあったら、何でも彼女に伝えてくれ」
「わかりました。あの……ディアボロ様」
「なんだ?」
扉へ向かおうとするディアボロ様を呼び止めた。
どうしても伝えておきたいことがある。
「そんなに私のことを気遣っていただきありがとうございます」
「いや……むしろ感謝するのは私の方だ」
静かな声で言うと、ディアボロ様は出て行った。
「じゃあ、アタシも一度戻るよ。何かあったら呼びなさいな」
それから少しして、オールドさんも王宮に戻っていった。
お部屋の中は私一人。
見渡してみると、室内は結構広かった。
窓の外には王都が見える。
「私は本当に妊娠したのね……」
お腹を撫でてみるけど、まだぺたんこだ。
これから大きくなってくるのだろうか。
やっぱり、ちょっと不安だな。
そんなことを考えていたら、お部屋の扉がコンコンとノックされた。
「奥様、失礼いたします。お世話係を務めさせていただきます、バーチュと申します」
「あ、はい! ど、どうぞお入りください。鍵はかけていませんので」
カチャリと静かに扉が開いて、背の高い女性が入ってきた。
私と同じ黒髪黒目で、少し親近感がわいた。
メイド服をきっちり着こなしていて頼りがいがありそうだ。
「初めてお目にかかります。私は皇帝様より奥様のお世話係を賜りました、バーチュでございます」
「こ、こちらこそ初めまして。キュリティです」
バーチュさんはすごく丁寧にお辞儀をする。
両手はお腹の前で組んでいて、お辞儀の角度は大変に美しい。
まるで、メイドのお手本のようだ。
「奥様、さっそくでございますが、動きやすいお洋服をご用意いたしました。まずはこちらにお着替えくださいませ。その間、私は簡単なお食事をご用意いたします」
「ありがとうございます。それはまたお心遣いを……」
バーチュさんは着替えを置くと、部屋の奥に行ってしまった。
どうやら、ここにはキッチンもあるようだ。
お洋服はゆったりしていて、肌触りも柔らかくて安心した。
「奥様、お食事でございます」
「あ、はい」
着替え終わったときピッタリに、お食事が用意されていた。
蒸し鶏が入ったスープにふんわりとしたパン、色とりどりの茹で野菜だ。
良い匂いを嗅いでいると、お腹が空いてきた。
「うわぁ……美味しそうですね」
「お口に合うとよろしいのですが」
「合うに決まってますよ。匂いだけでこんなに美味しいのですから。それではいただきます……美味しい……」
久しぶりに何か食べたような気がする。
色々なことがあって、食事どころではなかった。
「こんなに美味しいご飯を食べたのは初めてかもしれません」
喜んで食べていたら何か視線を感じる。
顔をあげたらバーチュさんが、じっ……と私を見ていた。
「あ、あの、どうかされましたか?」
「お口に合いましたでしょうか」
「ええ、とても美味しいですよ」
「それは良かったでございます」
会話を終えても、バーチュさんはじっ……と私を見てくる。
気にしないようにしたけどやっぱり気になる。
「バ、バーチュさん、どうしてそんなに私を見るんですか?」
「皇帝様より奥様をしっかり見ておくように、と伝えられておりますので」
「そうなんですか……それなら仕方ありませんね」
相変わらず、じっ……と見られる中、気まずい感じで食事を続けた。
□□□
「それでは、私はそろそろ失礼いたします。おやすみなさいませ、奥様」
「おやすみなさい、バーチュさん。色々ありがとうございました」
その後、あっという間に日が暮れた。
今や、お部屋はかなり快適な空間になっている。
バーチュさんが諸々整えてくれたからだった。
「何かあればベッド脇にありますベルを鳴らしてください。すぐに参りますゆえ」
バーチュさんがベッドの方を指す。
いつの間にか、小さな銀色のベルが置かれてあった。
「お気遣いありがとうございます。でも、たぶん大丈夫かなと思います。夜遅いときに起こしてしまうと悪いのでっ……!」
「いいえ、奥様」
言い終わる前に、バーチュさんがズンズンズンッ! と近寄ってきた。
キリッとした表情で見てくる。
「あ、あの~、バーチュさん」
「どうか、ご遠慮はなさらないようにお願いいたします」
そう言うと、バーチュさんは静かに出て行った。
ほのかに残ったラベンダーの香水が香る。
明かりを消して、ベッドに横たわった。
「なんか……未だに信じられないな」
本当に私がディアボロ様の御子を宿したのだろうか。
もう一度お腹を軽く撫でてみたけど、特に変わりはなかった。
でも、医術師のオールドさんが言うのだから間違いないだろう。
でも……と、これだけは確かなことがあった。
――もしかしたら、ディアボロ様はそれほど怖い方ではないかもしれない。
私は安らかな気持ちで眠りについた。
思わず素っとん狂な声を出してしまった。
思いもよらないどころか想像もしないお願いだ。
「ああ、そうだ。とは言っても、ほとんど形式上の関係だ。当然だが、君に手を出すつもりはない」
「ダ、ダメです! 私のような者を妻にしては、皇帝様の評判が悪くなってしまいます!」
私は貴族といえど、しがない男爵家の娘だ。
とてもじゃないけど釣り合わない。
皇帝様の妻になるのは、公爵家の令嬢だったり他国の姫様が普通だろう。
私みたいな下級の人間が妻になったら、皇帝様に迷惑がかかってしまう。
「これは完全に私のミスだ。君にはいくら謝っても謝り切れない。せめて……責任を取らせてほしい」
「で、ですから、そんなに頭を下げられては……!」
皇帝様は深く深く頭を下げている。
その真摯な態度を見ていると、恐怖心などはいつの間にか消え去っていた。
「君の、いや、君たちのためにできることなら何でもさせてほしいんだ」
「皇帝様……」
仕事を奪われた私に生きていく術はない。
両親もシホルガの言いなりなので、実家に帰っても無駄だろう。
新しく仕事を探すにしても、身重の体では何ができるかわからない。
何よりお腹の赤ちゃんを思うと、皇帝様といるのが一番安心できる気がした。
「……わかりました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
ベッドの上でぺこりとお辞儀した。
ひとまずは、皇帝様に私の身を預けようと思う。
「ありがとう、キュリティ。良かった……」
皇帝様はホッとしたような表情だ。
「私たちの関係を公にするのは、もう少し待ってからにしよう。もちろん、君には絶対に不自由はさせない。衣類も装飾品も食事も、全て最高品質の物を用意する」
「そ、そこまでしていただかなくても大丈夫でございます。私は服や宝石にそれほど興味はありませんので」
「だが、何もしないわけにはいかないだろう」
「いえ、いいんです」
なおも断る私を、皇帝様は不思議な顔で見ていた。
「私は……皇帝様に気遣っていただけるだけで嬉しいです」
そう、これは私の本心だった。
思い返せば、フーリッシュ様やシホルガに見下される毎日だった。
皇帝様の優しい気持ちは私の心を癒してくれる。
「そうか。まぁ、何か欲しい物があったら遠慮せず言いなさい。あと、私のことは皇帝様と呼ばなくていい」
「い、いや、しかし……で、でしたらなんとお呼びすればいいでしょうか?」
皇帝様は私たちにとっては雲の上にいるような人だ。
呼び方一つとっても非常に迷う。
「甲斐性なしの迷惑男でも、ダメ男でも何でもいい。好きに呼んでくれ」
「アタシみたいにディア坊主でもいいよ。もしくはクソガキとかかね」
さすがにそんな呼び方はできるわけもない。
相手は帝国の皇帝なのだ。
「で、では……ディアボロ様と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか」
「君がそれでいいのなら、そう呼んでくれ」
ということで、恐れ多くもお名前で呼ぶことで落ち着いた。
「さて、すまないが私はもう王宮に戻らねばならん。あとで世話係のバーチュというメイドを来させる。困ったことがあったら、何でも彼女に伝えてくれ」
「わかりました。あの……ディアボロ様」
「なんだ?」
扉へ向かおうとするディアボロ様を呼び止めた。
どうしても伝えておきたいことがある。
「そんなに私のことを気遣っていただきありがとうございます」
「いや……むしろ感謝するのは私の方だ」
静かな声で言うと、ディアボロ様は出て行った。
「じゃあ、アタシも一度戻るよ。何かあったら呼びなさいな」
それから少しして、オールドさんも王宮に戻っていった。
お部屋の中は私一人。
見渡してみると、室内は結構広かった。
窓の外には王都が見える。
「私は本当に妊娠したのね……」
お腹を撫でてみるけど、まだぺたんこだ。
これから大きくなってくるのだろうか。
やっぱり、ちょっと不安だな。
そんなことを考えていたら、お部屋の扉がコンコンとノックされた。
「奥様、失礼いたします。お世話係を務めさせていただきます、バーチュと申します」
「あ、はい! ど、どうぞお入りください。鍵はかけていませんので」
カチャリと静かに扉が開いて、背の高い女性が入ってきた。
私と同じ黒髪黒目で、少し親近感がわいた。
メイド服をきっちり着こなしていて頼りがいがありそうだ。
「初めてお目にかかります。私は皇帝様より奥様のお世話係を賜りました、バーチュでございます」
「こ、こちらこそ初めまして。キュリティです」
バーチュさんはすごく丁寧にお辞儀をする。
両手はお腹の前で組んでいて、お辞儀の角度は大変に美しい。
まるで、メイドのお手本のようだ。
「奥様、さっそくでございますが、動きやすいお洋服をご用意いたしました。まずはこちらにお着替えくださいませ。その間、私は簡単なお食事をご用意いたします」
「ありがとうございます。それはまたお心遣いを……」
バーチュさんは着替えを置くと、部屋の奥に行ってしまった。
どうやら、ここにはキッチンもあるようだ。
お洋服はゆったりしていて、肌触りも柔らかくて安心した。
「奥様、お食事でございます」
「あ、はい」
着替え終わったときピッタリに、お食事が用意されていた。
蒸し鶏が入ったスープにふんわりとしたパン、色とりどりの茹で野菜だ。
良い匂いを嗅いでいると、お腹が空いてきた。
「うわぁ……美味しそうですね」
「お口に合うとよろしいのですが」
「合うに決まってますよ。匂いだけでこんなに美味しいのですから。それではいただきます……美味しい……」
久しぶりに何か食べたような気がする。
色々なことがあって、食事どころではなかった。
「こんなに美味しいご飯を食べたのは初めてかもしれません」
喜んで食べていたら何か視線を感じる。
顔をあげたらバーチュさんが、じっ……と私を見ていた。
「あ、あの、どうかされましたか?」
「お口に合いましたでしょうか」
「ええ、とても美味しいですよ」
「それは良かったでございます」
会話を終えても、バーチュさんはじっ……と私を見てくる。
気にしないようにしたけどやっぱり気になる。
「バ、バーチュさん、どうしてそんなに私を見るんですか?」
「皇帝様より奥様をしっかり見ておくように、と伝えられておりますので」
「そうなんですか……それなら仕方ありませんね」
相変わらず、じっ……と見られる中、気まずい感じで食事を続けた。
□□□
「それでは、私はそろそろ失礼いたします。おやすみなさいませ、奥様」
「おやすみなさい、バーチュさん。色々ありがとうございました」
その後、あっという間に日が暮れた。
今や、お部屋はかなり快適な空間になっている。
バーチュさんが諸々整えてくれたからだった。
「何かあればベッド脇にありますベルを鳴らしてください。すぐに参りますゆえ」
バーチュさんがベッドの方を指す。
いつの間にか、小さな銀色のベルが置かれてあった。
「お気遣いありがとうございます。でも、たぶん大丈夫かなと思います。夜遅いときに起こしてしまうと悪いのでっ……!」
「いいえ、奥様」
言い終わる前に、バーチュさんがズンズンズンッ! と近寄ってきた。
キリッとした表情で見てくる。
「あ、あの~、バーチュさん」
「どうか、ご遠慮はなさらないようにお願いいたします」
そう言うと、バーチュさんは静かに出て行った。
ほのかに残ったラベンダーの香水が香る。
明かりを消して、ベッドに横たわった。
「なんか……未だに信じられないな」
本当に私がディアボロ様の御子を宿したのだろうか。
もう一度お腹を軽く撫でてみたけど、特に変わりはなかった。
でも、医術師のオールドさんが言うのだから間違いないだろう。
でも……と、これだけは確かなことがあった。
――もしかしたら、ディアボロ様はそれほど怖い方ではないかもしれない。
私は安らかな気持ちで眠りについた。