「わかっちゃったから。すきな人に向く感情の、強さとか。すきの理由の違いとか。……未来を望んでしまえば、今を動かしたくなくなる。今に続く先が、今と同じであったらいいって思う。……でも母さんは、現実が怖かったんだと、思う。私のほっぺとかに触るとね、ほっとした顔するの。ああ、これは現実だ、みたいな。幸せな自分を、受け容れられないで、ゆるせないで、いたんじゃないかなって……思うの、今は」
言葉のように、咲桜は俺の頬に触れた。
「現実(ほんとう)」
これは、ここは本当の現実だ。夢じゃない。幻じゃない。俺からも、咲桜の両頬に触れた。咲桜はくすぐったそうな顔をする。
「だから私、たぶん結構前に――流夜くんに逢ってすぐくらいに、桃子母さんのことはゆるしてたんだと思う。……身体反応は、少し残っちゃってたけど」
咲桜は、細く息を吐いた。
「……寿命の一秒前が、母さんの天命だったんだ」
……そうやって、咲桜は桃子さんとの間にケリをつけたのか。本当、お前はどんどん強くなっていくな。
……置いて行かれないか心配になっちまう。
「私の希望なんだけど、せめて父さんの腕の中で死んだとき、母さんが泣かないでいてくれたらいいなって思う。……まだ怖くて、父さんには訊けないけど」
「そうだな――」
咲桜の手を握り返し、手の甲に口づけた。咲桜が慌てたように手を引っ込めたので、そのまま離す。
「きっと、笑ってただろ。在義さんの前で泣いたりしたら大変だ」
「……だよね」
咲桜の笑顔。今がずっと続けばいい。不可能な話だけどそう願ってくれるのは、素直に嬉しい。
「お前ってファザコンでマザコンなのな」
シンプルに複雑だ。



