咲桜の部屋に入るのは二度目だ。最初は、見合い事件の日。

そのときも中までは入っていなかったから、入る、というのは今日が初だ。なるべく中を見ないように、視界を床にせばめてみる。

「今日、在義さんは?」

念のため訊いておく。ストッパーは大事だ。

「いつも通りに遅くなるみたい」

それなら大丈夫か。急に泊りになることもあるけど、今のところ帰ってくる予定ならば自制もかけやすい。

咲桜が小さなローテーブルにつき、手を握られたままだった俺も座る。小花柄のラグが敷いてあった。

「……父さん、この前もあれ、怒ってるわけじゃないよ?」

「ああ……だといいんだけど……」

あれで怒ってない……さすが、娘の瞳はすごいな。

在義さんが本気で怒ったところは数えるほどしか見たことがないけど、いつもにこやかな在義さんが真顔になるだけで、見る者には恐怖を与えるんだよな。

咲桜がふわっと笑った。

「流夜くんって在義父さんすきだよね」

「なんだ、いきなり」

「父さんのこととか結構気にするし、心配してくれるし」

「そりゃ……ずっと世話になった人だし、尊敬しているからな。龍さんと二人。吹雪や降渡もそんな感じだろ?」

「うーん。そうなんだけど……」

咲桜の認識では少し違うのか、首を傾げた。

「違うとすれば、咲桜のためだな。もし在義さんに恨まれて、咲桜に逢えなくとかさせられたらたまったもんじゃない。だから、吹雪たちよりは気を付けているかもしれない」

「………」

そう言うと、咲桜は深く頭を下げた。

「……ありがとうございます」

「何がだ?」

「在義父さんも大事にしてくれて。どうあっても私の父さんは在義父さんだけだから、流夜くんが慕っているとか思っててくれるの、ありがたいなーて」

「………吹雪たちも慕ってるぞ?」