「オトー」
放課後の喧騒に割るように聞こえた寝惚け声に、俺のクラスは一瞬だけ静まり返った。
胡乱に廊下に目をやり、声をかけた人物を睥睨(へいげい)する。
「なんだよ、頼。つか『オト』ってなんだよ」
「いーじゃん。はるおとって長いし」
普通に友達のように話すのは、先日カメラ片手に二年の教室に乗り込んで来て俺を追い掛け回した謎の一年首席、日義頼だった。
蒼白になった俺が窓から飛び降りて逃げた結果を知る同級たちも、頼は恐怖対象になってしまっていた。
……その一部始終を見ていて、頼の言動の意味のわからなさにどうすることも出来なかったクラスメイトや他クラスの生徒も、今の状況も意味がわからず声を潜めて俺たちを見ていた。
「オト、あれ知ってんだろ? 宮寺って奴」
「……お前も気づいたのか」
なんでこいつ、いつも寝こけているのに聡いんだろう。
「先生が筆箱ぶん投げて怪我を偽って保健室に連行したから」
「………」
額を押さえた。既にあいつら接触していたか……。
つか神宮、どんな暴挙だよそれ。普通に怪我するって。
「直接あっちに訊きに行くのまずいかなーと思ってオトの方に来たんだけど」
「うん……まあそれで正解だ」
出来るだけ、咲桜やその周囲の人間は今、神宮に近づかない方がいいだろう。
「説明してもらえたりする?」
「……してやるよ。ただし、笑満ちゃんも来ること。出来たら咲桜も」
「りょーかい。今捕まえてくる。……なあ、何でオトって笑満だけ『ちゃん』づけすんの?」
「あ?」
「いや、俺のことも咲桜のことも名前で呼び捨てるのに、笑満だけ呼ばないじゃん?」
「お前は自分で『頼って呼べ』って言ったんだろ。笑満ちゃんは幼馴染。笑満ちゃんは笑満ちゃん以外の何でもなし。大事だから簡単に呼ばねーの」
「……ふーん」
頼はわかったようなわかってないような返事をして、じゃー二人捕まえてくるーと軽く駆け出した。
……今はテンション高い方なのか、ローな方なのか……俺には、それもいまいち判別がつかない。