流夜くんの手が離れて、私は一人で唇を噛む。

そんなこと、ない。そう言いたいのに……。

「……俺としては、咲桜が在義さんの娘で掬われている面が大きいんだが」

「………わかってるよ」

「じゃあ、どういう意味だと思う?」

流夜くんの声は真っ直ぐで。直視出来なかった。怒っているときの横顔だって見逃したくない人なのに。

「……どういう、て……」

そんなの、知らないよ。知りたくないよ。

「……普通さ、事件なんかに首突っ込んでる奴が教師やってて、生徒に惚れて、付き合うことが出来て、更にそれを親に認めてください、なんて出来ないだろ?」

「………」

流夜くんの言葉に、瞳が揺れた。

「在義さんじゃなかったら、まさか一緒に住みなさいとまで言ってもらえるほどの人なんてほかにいないよ。こうやって俺が咲桜の時間を独占してから家へ送って行っても、在義さんだったら顔を合わせて、俺は謝れる。ただの生徒の親、には難しいことだけど」

「………っ」

流夜くんの視点での、この関係。私の知らない世界。

「それに、在義さんや愛子が企まなくて、でも咲桜は華取咲桜のままで、俺は教師で、それでも俺はお前に惚れてる。見つけて、惹かれて、たぶん在学中はほかの生徒にうっかりとられないように邪魔して、お前が卒業したら一番に――攫いに行くよ」

在義さんから。咲桜の父上から。

楽し気な流夜くんの語り口。唇をひしっと結んで、何かがあふれるのを必死に耐えた。

ほっぺたに力を入れておかないと、おかしなことでも言ってしまいそうだ。

「………ほんとう?」

「本当」

「……ぜったい?」

「ああ」

「私が、………

「咲桜」

すっと、膝の上で震える私の両手を、流夜くんの右手が包んだ。

「生まれてきてくれて、ありがとう」