「……最初は、笑満だけがその上にいたんですよ。独りで。見たことがない子がいたから、そこへ世話焼きな咲桜が近づいて。笑満に咲桜は見えてなかったでしょうね。ふわっと、鳥が羽を広げるみたいに軽く、笑満の身体は宙に浮きました。それを、咲桜が引き留めた。……俺も反射的にシャッター押しちまいましたけど、その後ちゃんと下に受け止めに行きましたから。つっても、笑満の足は地面に届くかってくらいだったんで、ほんとサポートだけですけど。その後俺が咲桜にぶん殴られて、笑満がびっくりして泣き出して大変でしたよ」
軽く腕を広げておどけて見せたけど、先生は複雑そうな顔をしている。
「……日義、殴られすぎじゃないか?」
「ああ、俺ドМなんで。……ちょっと、そんな本気で引いたカオしないでくださいよ。時流に乗せた冗談でしょうが」
「………」
そう説明しても、先生は引いたカオが治らなかった。
たぶん先生なら私事柄、そういうのの本物を知っている。
俺は本物に逢ったことはないけど、流夜くんの仕事柄で関わるだろうそういう事件関係のルポルタージュとか読む限りかなり怖い。
だから戯言(たわごと)に聞こえないんだろう。
でも、正面切って見せてやる、これが、笑満が咲桜に懐いている理由。
咲桜が笑満を手放せないでいる理由。
「っつーわけです。俺に訊いたのは正解かもね。咲桜も笑満も、あれは客観性を持っては話せない」
終わりです、と使っていた椅子を片付けだす。
「にしても、あんたって綺麗好き? 旧校舎って汚ねえのにこの部屋はキレ―」
「……最低限に片付けてるだけだ」
「ふーん。ま、汚ねえとこに咲桜を送るのもやですけどねー」
ああ、それから。
「俺があんたのことチクらねえの、咲桜のためでしかないっすからね。もし付き合ってんのが他の生徒だったら、俺は即刻あんたを通報しますよ。不良教師―つって」
「………」
目線だけ鋭く、先生を射る。
「――咲桜に助けられたと思えよ、あんた」
布告。