さかのぼること遙かなる御世に大陸の草原を東へ進む武人たちの行列があった。一行の先頭は皇軍旗を掲げているが、隊列の荷馬車が運んでいるのは粗末な造りの竹籠で、中には縛られた西域の娘が一人座っている。この娘は辺境の地にあった小国サファランの王女カーサリーである。
東洋の大帝国を頂点とする冊封体制の下、朝貢を欠かすことなく長く平穏な治世が続いていたサファランであるが、皇帝に反旗を翻したとされたことから西域都督である周楚成将軍によって討伐されたのであった。王族は処刑され国は滅んだが、恭順の意を示した諸侯は周将軍の配下として地位を保証されることで決着した。唯一、まだ十代半ばの王女カーサリーだけは戦利品として生きたまま帝都へ移送されることとなったものの、反逆者として民衆の面前で断首される運命であった。
移送中も見せしめとするために首を紐で竹籠に固定され、道行く者から顔を背けることを許されぬその姿は市場へ連れていかれる哀れな家畜を連想させるのだった。西域の空の輝きを染め上げたような青い絹地の衣装は破け、乾燥した日差しにさらされた肌は赤黒くただれ、鼻筋の通った顔や金色の髪は砂ぼこりにまみれ、まさに死にかけた駱駝そのものであった。見慣れぬ西方の姫を見ようと集まった街道筋の野次馬はみすぼらしい容姿に嘲笑と罵声を浴びせ、武人たちも石を投げる不届き者をとがめようとすることすらなかった。
長い旅路の果てに、行列はようやく帝都の入り口である城壁門の前までやってきていた。カーサリーはかすかに顔を上げ、落ちくぼんだ目を屋根へと向けた。扁額の漢字を見て、つぶやきがこぼれる。
――スザク……。
帝都の正面玄関となる朱雀門は、丹塗りの柱に緑や青の梁を幾重にも重ね、禁色である黄金の瓦を乗せた壮麗な楼門である。だが、その門扉は固く閉じられ、甲冑に身を固め金色の三角旗がはためく槍を構えた衛士の一団に守られている。都の正門は皇族以外、一般人はもちろん諸侯ですら通行は許されず、ましてや異郷の女囚などもってのほかであった。
行列はその前を通り過ぎ、やや離れたところに作られた通用門へと進んだ。この南大門は日の出から日没まで一般人に開放され、実質的な正門の役割を果たしている。広く開け放たれた門には荷物を満載にした荷車がひっきりなしに出入りしている。
「ほら、どいてくれ!」
ここでは、武人たちの行列ですら商人たちにとっては邪魔な障害物に過ぎなかった。一行は帝都の街路を進んでいく。異国の言葉が飛び交う商家の前を通過し、子供たちが駆け回る路地を抜け、先ほど迂回した楼門まで戻ってくると、そこからは宮殿へ続く大路がまっすぐ伸びていた。途中、人々の好奇の目にさらされながらも、カーサリーの目にもまた驚嘆の色が浮かんでいた。
――なんというにぎわい。
辺境の地サファランでは、都といっても名ばかりで、荒れ野のオアシス周囲にできた隊商宿の村落に過ぎず、人よりも駱駝や羊の方が多かった。カーサリーの父ハルザーンも王とはいえ、東西交易を担う隊商の仲介者といった役割を果たしていたにすぎなかった。草原を流れる川に生える葦を刈り取って束ね、乾燥させたものを組んだだけの簡素な住居に炊事の煙が立ち上る。そんな我が郷里をこのような大帝国がなぜ蹂躙する必要があったのか。
王朝は移ろえども、これまで変わることのなかった数百年にわたる東西の共存共栄、それはこれからも続くのではなかったのか。己の身に降りかかった理不尽を噛みしめながらも、カーサリーは帝都の繁栄に目を奪われていた。大帝国に飲み込まれた我が郷里はどうなるのだろうか。せめて民衆の日々の暮らしに安寧があれば……。カーサリーは自分の身がどうなろうとも、ただそれだけを願うのだった。
東洋の大帝国を頂点とする冊封体制の下、朝貢を欠かすことなく長く平穏な治世が続いていたサファランであるが、皇帝に反旗を翻したとされたことから西域都督である周楚成将軍によって討伐されたのであった。王族は処刑され国は滅んだが、恭順の意を示した諸侯は周将軍の配下として地位を保証されることで決着した。唯一、まだ十代半ばの王女カーサリーだけは戦利品として生きたまま帝都へ移送されることとなったものの、反逆者として民衆の面前で断首される運命であった。
移送中も見せしめとするために首を紐で竹籠に固定され、道行く者から顔を背けることを許されぬその姿は市場へ連れていかれる哀れな家畜を連想させるのだった。西域の空の輝きを染め上げたような青い絹地の衣装は破け、乾燥した日差しにさらされた肌は赤黒くただれ、鼻筋の通った顔や金色の髪は砂ぼこりにまみれ、まさに死にかけた駱駝そのものであった。見慣れぬ西方の姫を見ようと集まった街道筋の野次馬はみすぼらしい容姿に嘲笑と罵声を浴びせ、武人たちも石を投げる不届き者をとがめようとすることすらなかった。
長い旅路の果てに、行列はようやく帝都の入り口である城壁門の前までやってきていた。カーサリーはかすかに顔を上げ、落ちくぼんだ目を屋根へと向けた。扁額の漢字を見て、つぶやきがこぼれる。
――スザク……。
帝都の正面玄関となる朱雀門は、丹塗りの柱に緑や青の梁を幾重にも重ね、禁色である黄金の瓦を乗せた壮麗な楼門である。だが、その門扉は固く閉じられ、甲冑に身を固め金色の三角旗がはためく槍を構えた衛士の一団に守られている。都の正門は皇族以外、一般人はもちろん諸侯ですら通行は許されず、ましてや異郷の女囚などもってのほかであった。
行列はその前を通り過ぎ、やや離れたところに作られた通用門へと進んだ。この南大門は日の出から日没まで一般人に開放され、実質的な正門の役割を果たしている。広く開け放たれた門には荷物を満載にした荷車がひっきりなしに出入りしている。
「ほら、どいてくれ!」
ここでは、武人たちの行列ですら商人たちにとっては邪魔な障害物に過ぎなかった。一行は帝都の街路を進んでいく。異国の言葉が飛び交う商家の前を通過し、子供たちが駆け回る路地を抜け、先ほど迂回した楼門まで戻ってくると、そこからは宮殿へ続く大路がまっすぐ伸びていた。途中、人々の好奇の目にさらされながらも、カーサリーの目にもまた驚嘆の色が浮かんでいた。
――なんというにぎわい。
辺境の地サファランでは、都といっても名ばかりで、荒れ野のオアシス周囲にできた隊商宿の村落に過ぎず、人よりも駱駝や羊の方が多かった。カーサリーの父ハルザーンも王とはいえ、東西交易を担う隊商の仲介者といった役割を果たしていたにすぎなかった。草原を流れる川に生える葦を刈り取って束ね、乾燥させたものを組んだだけの簡素な住居に炊事の煙が立ち上る。そんな我が郷里をこのような大帝国がなぜ蹂躙する必要があったのか。
王朝は移ろえども、これまで変わることのなかった数百年にわたる東西の共存共栄、それはこれからも続くのではなかったのか。己の身に降りかかった理不尽を噛みしめながらも、カーサリーは帝都の繁栄に目を奪われていた。大帝国に飲み込まれた我が郷里はどうなるのだろうか。せめて民衆の日々の暮らしに安寧があれば……。カーサリーは自分の身がどうなろうとも、ただそれだけを願うのだった。