しばらく夜光虫が放つ光を眺めたあと、ふいに彼が口を開いた。
「……生きてたら、悲しいことも、苦しいことも、数えきれないくらい起こるけど。それでも俺たちは、ただ、今ここにあるすべてを引き受けて、受け入れて、生きてくしかないんだよな……。その悲しみや苦しみが、いつか自分の糧になって、いつか誰かの役に立つこともあるはずって信じて……。それが、生き残った者の責任だ」
 自分に言い聞かせるような言葉だった。だから私はなにも答えない。
 漣が海に落ちて溺れてしまったこと。ナギサさんに命がけで救われて、でもそのせいでナギサさんが亡くなってしまったこと。ユウさんが大事な人を失ってしまったこと。私のお母さんが、私を助けるために大怪我を負って、何年も意識が戻らないこと。
 たった十六年ほどしか生きていない私たちでさえ、胸を抉られるような出来事に直面した。これから生きていく上でも、たくさんの苦しいことや、つらいことを経験するだろう。大事なものを失って、抱えきれないほどの悲しみに押しつぶされて、泣きながら悶える日もあるだろう。きっと人生とはそういうものだ。
 どうして世界は、こんなにも、悲しいことで溢れているんだろう。
 どうして神様は、こんなにも、苦しみばかり与えるんだろう。
 大切なものはいつだっていとも簡単に奪われてしまうし、時にはどんなに悔やんでも取り返しのつかない罪を背負ってしまうこともある。
 でも、胸をかきむしるほど悲しくても、息もできないくらい苦しくても、それでも私たちは、歯を食いしばって前を向いて、生きていかなきゃいけないんだ。明日を、未来を、信じていなきゃいけないんだ。
 だって、私たちは、生きているんだから。この身体に、たくさんの人たちに守られてきた命が、確かに息づいているんだから。
 ユウさんの優しさが、ナギサさんの愛が、漣の厳しさが、私にそれを教えてくれた。

 抱えきれない思いを胸に、私は静かに海を見つめる。
 この海には、神様がいるという。それなら、どうか、神様、と私は心の中で語りかける。
 どうか漣を、ユウさんを、みんなを、幸せにしてあげてください。
 たくさんの悲しみを抱いて、たくさんの涙を流して、それでもがむしゃらにあがきながら苦しみを乗り越えて、なんとか前を向いて生きている人たちを、幸せにしてあげてください。
 どうか神様、お願いします。
 ——こんなに優しい気持ちになれたのも、誰かの幸せを心から願ったのも、生まれて初めてだった。
 ふと視線を落とすと、波にさらわれた砂の上に、ピンク色のかけらを見つけた。幸せを呼ぶ貝殻。
 指先でつまんで、手のひらに包み込む。
 桜貝を集めよう、と思った。
 たくさん、たくさん集めよう。できる限りたくさん集めよう。
 そしてみんなの幸せを祈ろう。

 ——どうか、どうか明日の世界が、みんなにとって優しいものでありますように。
 今までより、今日より、ほんの少しだけでいいから、明日の世界が、優しくありますように。

 海に願いを込めて、私はひっそりと祈りを捧げる。

【完】