談話室に行くと、驚いたことに、真樹は漣と一緒に図鑑を見ながら楽しそうに話をしていた。
「真樹、漣」と声をかけながら近寄る私に気づいた漣が顔を上げ、目を丸くして私と真樹を交互に見る。
「えっ、こいつ、真波の弟なの?」
 どうやら知らずに一緒にいたらしい。なんだかおかしくて、私は小さく噴き出した。
「うん、そう。真樹っていうの」
「えー、マジか! 言われてみたら顔似てるな」
 そうかな、と笑いながら、私は真樹に目を向ける。
「この人は私の高校の同級生で、鳥浦のおじいちゃんちに住んでる人だよ。ちゃんとお礼言ってね」
 すると真樹は立ち上がり、漣に深々と頭を下げた。
「遊んでくれてありがとうございました!」
 漣はまだ驚きがおさまらないような顔で「どういたしまして」とうなずいてから、私を見る。
「お前、ちゃんと姉ちゃんやってんだなー」
 そう言われると照れくさくて、私は話を変えるように「行こう」と呟いた。
 それから真樹に「今度はおじいちゃんとおばあちゃんも一緒に会おう」と約束し、また来るからね、と別れを告げる。
「うん! 楽しみにしてる。漣くん、また遊んでね」
「おう、任せとけ。俺も楽しみにしてる」
 漣が真樹の頭をぐしゃぐしゃかき回すと、真樹は嬉しそうに笑い声を上げた。
 真樹は私たちの姿が見えなくなるまでずっと、笑顔で手を振っていた。

「実家に泊まらなくてよかったのか?」
 鳥浦へと向かう電車に揺られながら、漣が訊ねてきた。
「うん、とりあえず今日は帰る。明日は出校日だし。それに、おじいちゃんとおばあちゃんに、早く報告したいことがあるから」
 そこで一度言葉を切ると、彼が「報告したいことって?」と先を促す。
 私はひとつ息をついてから、ゆっくりと答えた。
「お母さんがね……目を開けたの。ほんの一瞬だけど」
「えっ!」
 漣は目を見開いたあと、自分のことのように嬉しそうに「すげえじゃん!」と声を上げた。
「うん……びっくりした。ただの反射とかかもしれないけど、でも、今まで一度もなかったから……もしかしたら、いつかちゃんと、目を覚ましてくれるかもしれない」
 もしもそうならなかったときに絶望しないためにも、あまり過度な期待はしないようにしなきゃ。そうは思うものの、やっぱり長年眠っている顔ばかり見てきたお母さんに変化が訪れた嬉しさは抑えきれなかった。
「……そうなると、いいな」
 漣は、きっと大丈夫とか、絶対に目を覚ますよとか、その場しのぎの言葉は口にしない。
 でも、心からそう祈ってくれているのが、柔らかい眼差しから伝わってきた。
「……私、自転車、練習しようかな」
 あの事故以来、怖くて乗れなくなってしまった自転車。でも、いつまでも過去に縛られて前に進めずにいるのはやめにしたい。
「いいじゃん。教えてやるよ」
 漣が笑って言った。その笑顔が眩しくて、私は照れくささに軽口を返す。
「ええ、やだなあ、めっちゃスパルタそう」
「お前にはスパルタくらいがちょうどいいだろ」
 ひどい、と睨み返すと漣は弾けるように笑った。