「——お前、態度悪すぎだろ」
 四時間目の授業が終わり昼休みが始まってすぐに、私は漣に教室の外へと連れ出された。そして、人がほとんど通らない廊下の端まで連れていかれ、険しい表情で唐突にお説教が始まる。
「なんなんだよ、せっかくみんなが気い遣って話しかけてんのに、むすーっとしてさ。感じ悪い。せめて普通に受け答えするくらいできないわけ?」
「できない」
 同い年のくせに偉そうに説教をしてくる彼への反発心から即答すると、これ見よがしのため息で返された。
「お前なあ……」
 態度がよくないのは、もちろん自分でも分かっていた。さすがに声が出なくなったのは朝だけだったものの、休み時間になるたびに話しかけてくる橋本さんや、入れ替わり立ち替わりやって来てなにかと質問をしてくる他の生徒たちに対して、うつむいたまま「まあ」「いや」の二言だけで返していたからだ。
 でもしょうがないじゃない、と思う。一年半以上〝教室〟から離れていた私にとっては、会ったばかりの同年代の人間に囲まれてあれこれ声をかけられるというのは、苦痛以外のなにものでもないのだ。
 しかも、遠くで漣が、友達に囲まれて楽しげな笑い声を上げたり、自ら進んで先生の手伝いをしたり、他の生徒に頼られていちいち親切に対応したりしているのが見えて、余計にむかむかしてしまったのだ。
「ていうか、漣こそなんなの。みんなにいい顔しちゃってさ。そんなにいい子ぶりたいわけ?」
 自分への批判をこれ以上聞きたくなくて、わざと話題を変える。
「半日見てただけでもよーく分かったよ。漣って、うちのおじいちゃんたちだけじゃなくて、先生にもクラスのみんなにもずっと、いい子ちゃんやってるんだね。よくやるよね」
 一気にまくし立てると、漣が大きく目を見開いた。
「いい子のふりなんかしてたって、なーんもいいことなんかないのに」
 思わずそう言うと、彼が意外そうにぱちりと瞬きをした。
「なに、真波、〝いい子のふり〟とかしたことあんの?」
 まさかそんなふうに自分に矛先を向けられるとは思っていなかったので、びっくりして言葉を呑み込んでしまった。それから慌てて口を開く。
「今は漣の話してるの! 私のことはどうでもいいでしょ——」
「どうでもよくねえよ」
 遮るように漣が言った。
「どうでもよくなんかない。誰がそんなこと言ったんだ?」
 そう言った彼の目つきは、怖いくらいに真剣だった。私はなにも言えなくなり、口をぱくぱくさせたあと、うつむいた。
 漣もなにも言わない。間に流れる空気が、一気に重苦しくなる。沈黙が肩にのしかかるようだった。
「……この前も言ったけど」
 しばらくして、彼がぽつりと言った。
「お前っていっつもその顔してるよな」
 私はのろのろと顔を上げて彼を見る。意味が分からなくて苛々した。
「その顔、やめろよ。見てるだけで不愉快」
「……その顔って、なに」
「唇尖らせて、眉ひそめて、すっげえ不服そうな、つまんなそうな顔。ほら、今も」
 思わず右手で口許を押さえた。
 自覚はしていた。いつも私は、拗ねたような卑屈な表情をしている。
「それ、やめろ。見てて嫌な気分になるし、周りまでつまんなくなるから」
 でも、しょうがないじゃない、と心の中で叫ぶ。
 仕方ないでしょ、私はこういう性格でこういう顔なんだから。嫌なら無視すればいいじゃない。顔も見ないようにすればいい。どうしていちいち構ってくるの? どうして放っといてくれないの?
 口に出せない思いを目に込めて、じろりと漣を睨む。
「またその顔。俺まで不平不満病がうつりそうだわ」
 その言葉に、全身の血がかっと頭に昇った気がした。
「俺、お前みたいなやつがいちばんムカつく」
 ぐっと唇を噛みしめ、拳を握りしめる。
 もう無理。もう嫌だ。
「私もあんたみたいなやつがいちばん嫌い!」
 私は鋭く叫んで踵を返した。