00/プロローグ/





 わたくしには生まれてから時折見る夢がある。
 それはとても断片的なもので、あまり楽しい夢ではなかったけれど、その夢をわたくしははっきりと覚えていた。
 その断片的な夢は、わたくしではない誰かひとりの女性が経験したことの追体験だと気付くのに時間はかからなかった。
 わたくしがそう確信したのは七歳の誕生日を過ぎた頃だった。

 ーーわたくしはいつもの夢の続きを見ていた。

 そこは城の中の玉座の間だ。
 わたくしは空の玉座の隣に座り、忠臣たちと議論を重ねていた。

"神に告げられた終末の宣言"について。

「大変でございます! リリス様!」
慌てた様子の兵士がわたくしの下へと駆け寄ってくる。
「魔王妃様の御前で無礼だぞ!」
 忠臣の一人が兵士を叱りつけた。
 魔王妃リリス。
 夢の中で、わたくしはそう呼ばれていた。
「よい。申してみよ」
 わたくしは威厳たっぷりに兵士に発言を促す。
「魔王様が人族が送り込んだ勇者に刺されました!」
 兵士の言葉をわたくしは信じられず、凍りついたように絶句する。
 世界から光が失われ、世界が闇に包まれた。
 寒い。
 苦しい。
 痛い。
 言い知れぬ痛みが、恐怖が、わたくしを襲った。
 すると声が聞こえた。
『大丈夫だ。この世界に生まれてきた生命には幸せになる権利がある。だから、世界は滅んだりしない! だから、リリス。お前は幸せになるんだ!』
 頭の中に響くその声は暗闇を照らす光のほうから聞こえてきた。
 玉座の間の先にある展望台から見える光を失ったはずの東の空に黄金色の光の柱が天に向かって伸びてゆくのが見えた。
 わたくしはゆっくりと展望台のほうへと近付いた。
 光の柱がある場所。そこはわたくしたち魔族が住むこの国と人族が住む人界を隔てる見えない壁のある場所だった。
 光の柱は目に見えないその壁を壊しながら、地上に虹色の雨を降らす。
 それは一瞬だった。宙に伸びる光の柱の中に愛しいあの方の姿があった。
 黄金色の長大な竜に背中に跨る漆黒の髪に黄金色の瞳の美丈夫。わたくしの愛しい魔王様。
 その背中には剣が刺さっているのが見て取れた。
  魔界と人界を隔てることなく、虹色の優しい光の雨が世界に満ち溢れる。
 あの方は優しく微笑んでいた。
 わたくし瞳からぽろぽろと熱いものが零れ落ちる。
「漆黒の髪に黄金色の瞳の尊いお方……」
 光の柱が消えて、わたくしはあの方の名前も顔も思い出せなくなっていた。
 世界に光が戻り、世界を隔てる壁はなくなった。
 しばらくして、人界との境界が無くなった場所を調査するために派遣した兵士たちが報告にやって来る。
「魔王妃様! 人族の軍が我々の領土に攻め入って来ました!」
 わたくしは涙を拭い、兵士たちに告げるのだ。
「全軍、我が領土と民を守れ! 人族からもう何も奪わせるな!」
 
 ーーわたくしはそこで目を覚ました。